久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.23新年、仕事の始まりに。栄養満点たまごめし
赤坂 はやし「親子丼」

親子丼。
あまり食べる機会がない。
昔は丼ものも出して、出前もするそば屋が、近所に何軒かあったものだ。
そういう店で時々食べたような気がする。でもそういう個人経営の小さなそば屋が、近年、都心部ではめっきり減った。チェーンの立ち食いそば屋か、手打ちの本格的蕎麦屋の二極化が進んでいる。なんだか、残念だ。
それから、親子丼は、時々それが有名な店がある。
人形町の方で、ずいぶん前に並んで食べた。おいしかったけど、並んでまで食べるものだろうかと思った。

もっともっと昔、30年ぐらい前、京都でも食べた。その時は、誰かに教えられて行ったので、少し並んだような気がする。おいしかったような気がする。丼が小ぶりで、ちょうどよかった。味よりも、最初から丼を二つ頼んで続けざまに食べている男性客がいて、驚いたことを覚えている。
せっかく有名な店に行って、おいしいと思っても、忘れてしまう男なのだ。
先日、富山に行って、人気の寿司屋でランチ寿司をご馳走になった。でも、おいしかった味よりも、仲居さんが茶碗蒸しをたくさんのせたお盆を盛大にひっくり返した事件の方が心に残っている。すごい音がした。他人の失敗を笑ってはいけないけど、そのぐらいすごい音がして、店にいる全員が顔を見合わせた。板さんがまったく動揺を見せず、無言で微笑んだのがすごくよかった。それで、事件は楽しい思い出になった。しかも、茶碗蒸しがなくなったおかげで、代わりにおいしいカニの小鉢が出た。むしろラッキー。

いつも話が逸れて申し訳ない。
親子丼だけど、たまにしか食べないけど、大好きな丼モノのひとつだ。
なんかほっこりする。卵でとじてあるからだろう。肉も鶏肉で、軽いし。
だから今回も、すごく楽しみにして、赤坂の店に行った。
雑居ビルの4階にある店だった。夜は串焼きの居酒屋のようで、内装は昔の日本っぽいイメージ。椅子席だけど、テーブルが囲炉裏になっている。楽しい。外国人のお客さんも多いそうだ。きっと喜ばれるだろう。
でも、ボクが知らないでフラッと入れるような店ではなかった。
そこで、ランチに親子丼のみ出しているそうだ。
そういう店の親子丼はおいしそうだ。

今回は取材だったので、ランチタイムが終わった午後2時にお邪魔した。他の客は誰もいない。この連載の担当編集2人とカメラマンの女性とボクだけだ。 これのためにお昼は食べていないので、お腹ペコペコだ。

お茶を飲んでいると、親子丼が出てきた。
目の前で蓋が取られると、もわっと、ものすごいおいしそうな匂いが立ち上った。
そうだ。親子丼はこれだ。この香りだ。

前に別の小さな居酒屋のカウンターで飲んでいたら、そばの席の客が、締めに親子丼を頼んだ。漂ってきたその香りのうまそうだったこと!
なんだろう、卵の甘いような匂いと、醤油系の出汁の香り、そこに肉を似た匂いが入っているのかもしれない。たまらない。減っているお腹が、ぐーっとまた減った。
この店の親子丼には、さらに生の卵黄が一つのっている。これがまたオレンジ色がかって、ぷっくりと小さく盛り上がっていて、絶対高い卵であろう、うまそうだ。

そして、刻み海苔は、自分のお好みでかけられる。あまりいっぱいかけたらみっともないような気がして、注意深くかけてしまう。でもこの海苔の香りがまた卵丼の香りと混じると、最強なんだな。
卵と海苔は、のりたまというふりかけで、子供の頃に刷り込まれている。なんで、そんなかけ離れた場所の食材の香りがマッチするのか、不思議なほどだ。
さあ食べよう。
最初は生卵に触れないように、端の方をご飯ごと、ザクッと取って頬張る。

うまい!
空腹の期待を裏切らない、それ以上のおいしさだ。
親子丼は、高級なものでも、ちっとも偉そうじゃない、気さくな味がするのが好きだ。初対面の相手を緊張させない食べ物。
海苔の香りもやっぱり効いている。食べ始めているのに、まだお腹が空いている。
そして陰の立役者は、三つ葉だ。この青物は必須だ。このちょっとした違和感が、親子丼のおいしさを一層引き立てている。

あ、忘れていた。スープがついていた。慌てて丼を置く。慌てなくてもいい。
このスープがまたおいしいじゃないか。もちろん鳥スープ。じわーんとしみる。鳥スープ大好き。
また親子丼に戻る。もう箸はやめだ。専用の木のスプーンに変える。スプーンというか、レンゲというか、匙ですね。
これで食べてもまたおいしい。肉もちゃんとおいしいなあ。軽い。
ちょっと七味をかけてみたりして。ここまでおいしいとあまり薬味は入れたくない気分だ。町のそば屋の親子丼には、じゃんじゃん振っちゃうけど。
半分ぐらい食べたところで、卵黄を潰す。お、ねっとりしている。木の匙でガバリといただく。

おお、卵のおいしさが再びうまい。いいねいいね。
スープを挟みながら、わしわし食べる。どんどん食べる。
カメラマンの女性に「もう写真はいいでしょ?早く食べたほうがいいよ!」と言ってしまった。あったかいうちに海苔をかけて、かっこんで欲しい。
あっという間に食べ終わってしまった。
おいしかった。確かにおいしかった。

この近くに職場があるという若い編集者は、ひと月に3回ぐらい食べるそうだ。若いなあ。でも、食べ終わったあとも、この店は落ち着くと言っていた。わかる。いかにも仕事飯らしい仕事飯だ。

そして卵丼のあとのお茶がまたおいしかった。 地下鉄と電車を乗り継いで帰って、もりもり仕事しよう!と思う満足感でありました。

今回ご紹介したお店はコチラ!

はやし

住所 東京都港区赤坂2-14-1山王会館4階
TEL 03-3582-4078
営業時間 月〜金 11:30〜14:00、
月〜土 17:30〜23:00(L.O.22:00)
(定休日:日曜・祝日)

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 平栗玲香
  • 更新日 2017.12.26