久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.19残暑もサクッと乗り切ろう!
若松河田 高七「天ぷら定食」

天ぷら。子供の頃は、天ぷらはよく食卓にのった。
エビ天はほとんど記憶にない。サツマイモ天が多かった。翌日残ったイモ天を醤油で甘辛く煮たのが弁当のおかずによく入っていた。あとニンジン、ゴボウ、ナス、玉ねぎ。海苔の天ぷらも好きだった。あ、イカはあった。でもキスの天ぷらはなかった。つまり基本野菜天だった。まあ、貧しい家計上、しかたない。
要するに天ぷらというのは、安くてちょっとボリュームのでる家庭のおかずだったんだろう。まずくはなかったけど、ボクにとっては夕飯のご馳走ではなかった。カレーとか、コロッケとか、マルシンハンバーグの方が嬉しかった。
中学生になって、ロックなんかを聴くようになって、来日ミュージシャンのインタビューを読むと、彼らは日本の印象を聞かれてよく「日本食はおいしい、寿司、天ぷら・・・」と言っていた。寿司はわかるが、天ぷらというのがどうも怪しかった。彼らはお世辞を言ってるのじゃないか?と思った。ミック・ジャガーやデビッド・ボウイが、サツマイモの天ぷら、うまいと思うか?
中学になって知った天ぷらは、立ち食いそばのかき揚げだったのだから、ますます天ぷらは、安い食べ物に認識されていったのだろう。

完全に大人になってから、初めて神田の古い天ぷら屋に連れて行ってもらった。
白木のカウンターで、ひとタネごとに揚げて出してくれる天ぷらを食べた時は、軽いショックを受けた。
これか、ミックやボウイが食べてたのは。
これなら、好きだ。
大好きだ。ご馳走だ。寿司と肩を並べる大ご馳走だ。
コロモの薄さも、軽さも、香ばしさも、サクサク感も、中のエビのプリッとした食感も、キスのふわっとした歯ごたえも、実家のものとは遥かにかけ離れた別物だった。
「端正な」という言葉が似合う天ぷらが、ひとつずつ出てきて、最後はかき揚げ天ぷらの茶漬け。感動した。日本料理、すごい。

それから、天ぷらに対する気持ちが変わった。
と言っても、実家の天ぷらや立ち食いそばのかき揚げを、「あんなもの天ぷらじゃない」と、蔑むようになったわけではない。
逆だ。立ち食いそばの天ぷらも、天ぷらとして尊敬するようになった。
天丼というものは、もっとありがたく食べるべきご馳走なんだな、と思うようになった。
母も、料理の前後も面倒な天ぷらを、子供たちのためによくやっていたなぁ、と思うと胸がキュンと締めつけられた。あの翌日のさつまいも天の煮付けで、冷たいご飯を食べてみたいな、と本気で思った。

最近は、油の後処理が面倒だし、キッチンが汚れるからと、揚げ物をやらない家庭も増えているようだ。ウチでもまずやらない。
だから、天ぷらを食べる機会がずいぶん減った。
蕎麦屋でたまに天ざるを食べるくらいか。天丼も最近食べていないなぁ。
そういうわけで、今回の仕事飯が天ぷら定食、と聞いた時はちょっと嬉しくなった。
しかも店があるのが、神田でも銀座でもなく、若松町という。行ったことも聞いたこともない街だ。最寄りの駅は大江戸線の若松河田駅という。これまた聞いたことがない。
地図を見て新宿区とわかりこれまた意外。早稲田の南の方で、女子医大に近いエリア。町歩きは好きだが、今まで歩いたことのない地帯だ。
この日はあいにくの小雨。取材前に近辺をぶらぶらしようと思ったが、それはやめる。
店構えがいい。「てんぷら 高七」。創業明治十七年とある。1884年。今年でなんと開店133周年!今の店主は5代目だそうだ。新宿の繁華街から程遠いこんな場所に、そんな老舗があったとは。ますますこのエリアに興味がわいた。

お店は奥に広く、ほとんどが座敷席で、カウンターが6席。その端に座る。
メニューを見ていると「ほとんどのお客様が『日替わり定食』を召し上がります」と、店主が言ったので、すぐさまそれにすることにする。税込み1,000円で「天ぷら定食と本日仕入れの刺身小鉢」とある。それはお値打ちだ。
メニューにあるごはんの盛りの値段がおかしかった。

すごい大盛り   二〇〇円増
大盛       一〇〇円増
中盛       五〇円増
おかわり一杯   二〇〇円
おちゃわん一杯  一〇〇円

細かい。いいじゃないかぁ。仕事飯の人には嬉しい。「すごい大盛り」というのが、何とも頼もしくユーモラスだ。

ボクはここの名物のひとつという「沢蟹の天ぷら」を一匹付けてもらった。カウンターにのった水槽の中で、サワガニたちが、がしゃがしゃ動いている。

さて、天ぷらを揚げるいい音を聞きながらお茶を飲み、待っていると、ほどなく日替わり定食のお盆が出てきた。

すごい。天ぷらは、エビ、キス、イカ、サツマイモ、オクラ、そして一番上の丸くて白い天ぷらはなんだろう?それとサワガニ。
それに刺身小鉢がマグロと赤貝とエビ!それにごはん、豆腐と青さの味噌汁、お新香。これで1000円は、安い!食べる前から安すぎると思った。

そして何はさておき、謎の白くて平たい天ぷらを食べる。なんだかわからないので、何もつけないでひとかじり。

・・・大根だ!大根の天ぷらを食べたのは初めてだ。おいしい。みずみずしく、歯ごたえもいい。甘味と、微かな特有の苦みがあってウマイ。ボクは子ども向け絵本で「大根はエライ」という本を出したことがある。地味な印象の大根だが、よく見ると、日本料理のあらゆる分野で大活躍している、という内容だ。でも、大根の天ぷらは知らなかったから書かなかった。知っていたら書いた。そのくらいおいしかった。塩で食べるのがいいと思う。

次にサワガニの天ぷらにも塩をふって、小さいから一口で食べた。噛むとカリサクパリパリとたちまち崩れながら、実に香ばしいカニの香りが口に広がった。もちろんこれも初めての天ぷらだが、おいしい。
さて、大根は半分ほど残しながら、エビ天にいくことにした。「天ぷらは、エビに始まり、エビに終わる」と、どこか老舗の天ぷら屋の主人が言っていたが、そうかもそうかもそうかも、激しく同意した。ボクはあらゆるエビ料理の中で一番好きなのは、天ぷらだ。コロモのサクサク感と、エビのプリプリ感のマッチング、エビの香りと衣の香りのマッチングが、奇跡的に合っているように思える。
塩でもウマいが、ここはタレのどっぷりつけで、飯の友といきたい。

ここの天つゆには鬼おろしされた大根が入っている。いいじゃないか。かっこつけず、じゃんと付けて、口に入れる。おー、これこれ。エビが新鮮で上等なエビ天だ。追っかけて飯をほおばる。ウマイ。エビ天最高。一気に食べきる。
次はイカだろう。イカの天ぷらもうまい。これもタレがいい。イカの熱さ、歯に若干抵抗するかのような弾力が、イカ天の魅力だ。
このまま天ぷら定食で押し切りたいが、刺身がある。うーん、正直、刺身は無くてもいいかも、この時点でボクは思った。それはおいしい天ぷら定食に出会うのが久しぶりで、おいしい刺身に横やりを刺されたくない気持ちだったからだ。
でもせっかくなのでマグロ赤身を一切れわさび醤油で食べたら、ウマいのよこれが。追っかけてごはんを食べたらまためっぽうウマいのよ。困る。話をややこしくしないでほしい。

刺身はおいしいけど、今は無いことにして、天ぷら定食に戻る。
大根を鬼おろしの天つゆで食べてみる。大根と大根、共食いだ。だが、全然大丈夫だった。おいしい。ウチからソトから大根がうまい。コロモがウマい。この天つゆがウマいんだろう。
オクラ、サツマイモと野菜天を片付けつつ、間にタクワンを挟み、アオサの味噌汁をすする。ごはんがすすむ。
そして最後はキスだ。キスの天ぷらは江戸前の印象がある。軽くて、ふわりとして、上品な味。ぱっと口の中に消えて、後味が残らないのが粋じゃないか。

おいしかった。残りのごはんを刺身で食べる。おいしいのだが、天ぷらで満足しているので、どうしても流しで食べてる感じ。刺身に申し訳ないようだ。
いやー、おいしかった。ここの天ぷらは、コロモが非常に軽くあっさりしていて、上品だ。ともすれば鼻につくようなごま油の香りが無い。飽きのこないと言うか、平凡な言い方をすれば家庭的・庶民的な天ぷらだが、その極上な感じ。1,000円は信じられないくらい安い。お昼のサービスなのだろう。

気がつけば、座敷にはどんどん客が入っている。女性客、年配客も多い。カウンターには近所で働いていると思わしき、若いひとり女性客もいる。そうだ、働く者の味方のランチだ。こんな値段でこんなおいしい天ぷら定食が食べられるなんて。
いい店だなぁ。こんな店が130年も続いている若松町に、ますます興味がわいた。今度はぜひここで腹を満たしてから、じっくり歩き回ってみたい。

今回ご紹介したお店はコチラ!

高七 (たかしち)

住所 東京都新宿区若松町36-27
TEL 03-3202-4035
営業時間 [月] 11:30〜14:00(L.O.)13:30
[火〜土] 11:30〜14:00(L.O.)13:30、17:30〜21:00
ランチ営業

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2017.09.01