久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.17暑い夏の日にも食欲をそそる
田町 ボンナペティ「カレーライス」

田町。ボクのような職業の人間からすると、いかにも仕事の街だ。
田町に遊びに行く、という街ではない。
だからほとんど行ったことがない。

取材で三田の方の飲み屋街に行ったことはあるが、プライベートではない。
ここを紹介してくれた編集部の人も、以前職場がこっちにあった時、昼食や会社帰りに寄ったということだ。

JR田町駅の西口を出て、すぐのところに走っている第三京浜に沿って、浜松町方面に歩いていく。
いかにもオフィス街という感じ。少し歩くとラーメン屋とチキンの店と、かすうどんの店が固まっていた。
今日の店を紹介してくれた人も、ここによく行ったそうだ。どの店も気取ってなくておいしそうだ。
いかにもこの辺で働く人たちが日常使いしそうな店だ。

そこを過ぎて、もう飲食店がなさそうな感じがしてくるところのビルの地下に、目指す「ボンナペティ」はあった。一階までカレーのいい匂いがしてくる。

いきなりお腹が空いてきた。カレーの匂いはいつだって強力だ。
階段を下りていく。
思ったよりは広めの、椅子やテーブルのしっかりした感じの店だった。

ここは欧風カレーだそうだ。
ボクの印象では、インドカレーが「スパイシー」が第一なのに対して、欧風カレーは「まろやか」を第一にしている印象がある。ブイヨンやフォンドボーを使って、じっくり煮込んだカレーのイメージ。ワインなんかも入れちゃう感じ。
ボクはどちらかというとカレーライスはスパイシー派なんだけど、カレーの場合、そういう先入観があっさり覆されることが多いから、ここは何も考えないで臨もう。

メニューを見ると「ビーフ」「ポーク」「チキン」「エビ」「アサリ」「ナスチーズ」「アボカドとトマト」「アボカドとトマトとエビ」「ミートミックス」「チーズトマト(ビーフ入り)」があり、その他に「ダブルミックス」という二種類の具材を選べるものがあった。

まず「アボカドとトマト」というのが珍しい。すごいあっさりしてそう。
そして「チーズトマト(ビーフ入り)」。一番高いはずの具材・ビーフの扱いが、なんか低いのが面白い。
ボクは、インドカレーだと、チキンかマトンが好きなんだけど、欧風カレーというとポークが好きだ。ビーフはちょっと重い感じがする。それならシチューでいいというか。

そこで「ポークとナスのダブルミックスかな」というと、ここを紹介した編集者が、メガネのレンズの下で目をまん丸く開いて、
「ですよね!ボクも結局それなんです!間違いないです!」
と言った。ものすごく本気の目だったので、嬉しくなった。

そして、辛さは「辛口・中辛・甘口・お子様」から選ぶので、「中辛」にした。気弱な感じだけど、ここのスタンダードな辛さがわからないから、仕方ない。「辛口」は普通に辛いのか、かなり辛いもの好きが喜ぶ攻撃的な辛さなのか。「甘口」は、カレーを頼む以上、ボクは嫌だ。カレーに「甘」の文字は似合わない。

しかし、カレーというのはいつでも空腹を刺激する。空腹度5ぐらいでいたのが、あの匂いを嗅いだ途端9ぐらいまで上がるイメージ。あの匂いはなんだろう。蕎麦屋で確信を持って、鴨南蛮を頼んだのに、待っている間に隣の人のカレーうどんが来ると、その匂いで半分鴨南蛮を後悔するくらいだ。

まず、小さなジャガイモが二個出てきた。
これは時々ある。若い頃よく行った神保町の「ボンディ」で初めて食べて、これはいいサービスだなあと思った覚えがある。
でもここのは「岩塩ローズソルト」というのを自分でその都度、ミルで挽いて食べるのが特徴だ。
ピンク色の岩塩。「鉄分が非常に多く『女性のための塩』と言われています」と書いてある。
二個あるけど、ひとつだけこの塩で食べた。おいしかった。

付け合わせも出た。
福神漬と、らっきょうと、緑色のシソの実の漬物。
らっきょうだけ使うと思う。福神漬は相当前から、カレーライスのとき食べなくなった。
千切りにした紅ショウガの方が好き。シソの実の漬物は、おしるこの付け合わせに出たときに一番おいしく食べられる。

そして、カレーは来た。
ルーが例の魔法のランプみたいなのに入っている。ボクは以前あの容器の名前が知りたくて、ネットで、
「カレーの容器 魔法のランプ」で条件検索したら、そういう質問がいっぱい出てきて笑ってしまった。みんなあれを見ると「魔法のランプ」を連想するようだ。
正式名称は「グレイビーボート」だった。「ソースポット」でもいいらしい。
あの取っ手がクルンと丸まっているところが、どうも魔法めいた印象を醸し出しているような気がする。

若い頃よく行った地元の喫茶店の店主が、
「カレーライスって、カレーとライスを別に出すと、同じものを100円高くできるんですよ。さらにミニサラダを付けるともう100円高くできる」
と言ってたのを思い出した。なんか説得力がある。

この店では、別に出されたライスの中央に、チーズがパラパラと振ってあった。ここはいかにも欧風だ。これはボク的にはいらないかな、とちょっと思った。

さて、そのライスにかけて食べた、ナスとポークのカレーだが。

おいしかった。

そう来たか、というものだった。まろやかとかそういうのより、まずポークの肉が抜群においしかった。カレーの中にあってなお、肉の味がこんがりと香ばしく、肉がカレーを引っ張って美味しくさせている感じだった。
ライスのチーズも、カレーと肉と合わさるとおいしかった。自分の偏見をちょっと反省。

ナスの状態もよかった。カレーにナスは合うんだけど、中身がぐちゃっとしちゃって皮だけ妙にかたい、というナスがたまにある。これは合わせる感じがいいのだろうか。ポークとも相性がよかった。
どんどん食べ進んで、一気に食べきってしまった。

途中、別の編集者が頼んだ「トマトとアボカド」のカレーを一口食べさせてもらって、なるほどという美味しさだったのだが、今これを書いている時点で記憶の彼方に吹っ飛んでいる。でもポークとナスのカレーは今でも口の中でその味を思い出せる。また食べたい。だけど行くのかな、田町まで。でも田町で用事があったら、ここを思い出すだろう。

そしてカレーは、いつもあまりかかない場所に汗をかく。ボクの場合、鼻の脇。メガネの当たるあたり。だからメガネを取らなければならなくなる。
背中にもうっすら汗をかいた。
でもお腹は満足ながら、シャキッとしている。これが夏のカレーのいいところだ。

このあと仕事、というのにバッチリのカレーだった。男の仕事めしにぴったりだ。食べ終わったあと、決して物足りなくはないけど、大人の男だったらもうほんのちょっと食べたいな、と思わせる微妙な量な気もする。そこもすごくいい。というか、上手いな。あまりに満腹だと午後眠くなってしまうし。
いいカレーライスを食べて、充実した気持ちで地上への階段を上った。

今回ご紹介したお店はコチラ!

ボンナペティ(BonAppetit)

住所 東京都港区芝4-6-16
TEL 03-3452-8062
営業時間 11:00〜15:00、17:30〜21:30(定休日:日曜・祝日)

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 本多すなほ
  • 更新日 2017.06.30