久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.16梅雨の時期でも足を延ばして
赤坂 ねぎ「サバ塩焼き定食」

よく「死ぬ前に食べたいものは?」という質問があるが、あれほど馬鹿馬鹿しい質問は無い。

死ぬ直前なんてのは、たいてい食うどころの話ではないはずだ。

それに自分が死ぬのなんて、何歳になるかわかる人はいない。20代で死ぬのと80代じゃ、食べたい物だって自ずと変わる。

今、腹が減ったら何が一番食べたいか?で十分だ。人はいつも今を生きているのだ。

仕事というのも、基本的には、今の話だ。

死んでから売れたって、本人にはもう手も足も出ない。

若い頃作った物が、年をとってから売れたら、それはありがたいことだ。でも、今、一生懸命作った物が、たちまち飛ぶように売れた方が何倍も嬉しい。まだ汗水たらして一生懸命働いた実感があるからだ。

この「仕事飯」も、今を生きて、働いて、そのおかげで空いた腹で食べるのが一番ウマいはずだ。

今さらそのことに気がついたボクは、この日はいつもより早起きした。

そしてバスを使わず、歩いて30分かけて仕事場に行った。そして、マンガの原作を作った。ボクのマンガの原作は、作画家によって、スタイルが違う。この日の作画は和泉晴紀さんだったので、1ページごとにコマ割りもしてコンテまで描く。作画家によっては、シナリオのように文章で書いて、参考写真を付ける場合もある。

コンテまで描くのは、やはり疲れる。大きなコマを描くときは鉛筆に力がこもる。目力が欲しい顔を描くときは、ボクの目にも力が入る。人に見られたら笑われるかもしれない。そうやって一話10ページなら10枚のコンテができあがる。それを和泉さんにファックスする。

午前中はこの作業を5ページした。半分だ。半分原作を作って送った。残り半分は、和泉さんが前半を描いている間に作って送る。話は最後までだいたい考えてあるが、ちょっと間を置いた方が面白いことを思いつくことが多い。

さて昼を回った。朝からお茶しか飲んでいなくて、きれいに腹が減っている。しかも一仕事した軽い疲れもある。だが、午後はまた別の仕事もある。まさに男の仕事飯だ。

赤坂見附。

こんな場所までわざわざお昼を食べにくることは無い。それがちょっと面白い。

赤坂は、20代から30代の頃、なぜか仕事でよく来た。映像制作会社が赤坂にあったのと、TBSの旧社屋があり、番組の関係で来ていた気がする。よく憶えてない。

でも金もないし、飯を食うのは蕎麦屋とかが多かったな。だから店はほとんど知らない。でも古い店ということだ。

「ねぎ」という定食屋だ。いつも人気だそうだ。この日も混んでいて、昼の時間帯が終わる頃に予約しておいていった。

おお、赤坂らしいといえばらしい、大人な感じの店構えだ。長いのれんが洒脱な感じ。ここの前は何度も歩いているけど気がつかなかった。分不相応な高級店と無意識に思っていたのかもしれない。

でも今こうして見直してみれば、学生時代ボクでも少し余裕があれば入れるような値段の、気取っていない店だった。ただ、赤坂には学生は少ないのだが。そうだ、それで大人の街っぽい雰囲気がするんだな。

この店で食べるのは「サバ味噌煮定食」だという。「サバ味噌煮定食」。いかにも日本の定食の大定番だ。おいしそうだ。

だがきれいな白木のカウンターにつき、メニューを見たら「サバ塩焼き定食」の方が食べたくなってしまった。大根おろしに醤油をかけたので焼き魚が食べたくなったのだ。この食べ方が魚では一番好きだ。俺という男の本気の仕事飯なんだから、食べたい物を食べたい。

変更がきくか、お店の人に聞くと「ご用意できますよ」と言ってくれたので、変えてもらう。ここでは人気メニューはどんどん無くなるんだそうだ。

サバも子供の頃はあまり好きじゃなかった。魚臭い気がしたのだ。酒を飲むようになってから、どんどん好きになった。サバの塩焼きで日本酒を飲むのなんて最高だ。シメサバも好き。千葉の内房で食べた、塩シメサバというのもウマかったなぁ。大人になってよかった。

待っていたら、店のおかみさんが、生ビールなどいかがですか、お好きと聞いておりますが、とさりげなく言ってきた。ありゃ、と思ったが、もうここは断るのも野暮だ。

ランチビールをもらう。そしたら冷奴をつけてくれた。あぁ、ありがたい。こういう展開になることは予想もしていなかった。

生ビール、ウマイ!ひと仕事終えたあとなので、なおさらウマい。ボクは基本的に仕事の途中では酒を飲まない。だから晩酌はしない。終わって飲むからウマいのだ。それがこのいい天気の真っ昼間なんだから、こたえられない。

そしてこの冷奴がまた、ウマイ!豆腐がおいしい。これは少しいい豆腐だな。ああ、あったかくなってきたな、冷奴の季節だな、と思い、嬉しくなる。ボクにとって、日本の夏は冷奴とミョウガだ。

働いて、腹を減らしてサバ塩焼き定食のお昼ごはんを待つ間の、冷えた生ビールと冷奴。こんな贅沢があろうか。

定食の小鉢が出てきた。ひじきと豆の煮物。お新香。さらに小皿にアサリを煮たのを出してくれたけど、これはサービス?これらが全部おいしい。どれも丁寧に作られているのが、一口食べてみただけでわかる。思わず顔が笑ってしまう。ああ、なんてシアワセなひと時だろう。

ランチビールを飲み終わる前に、サバとごはんと味噌汁が出てきた。サバ塩焼き定食の完成だ。「王道」「基本」「定番」という言葉が浮かぶ。味噌汁がなんと具沢山な豚汁だ。

サバ味噌煮もいい。わかってる。でも今はサバ塩焼きが食べたかった。そう思っているところに、じっくりきれいに焼かれたサバ塩焼きが出てきた。そうです。これが食べたかったのです。見ただけで、安居酒屋のそれとはちょっとウマさのレベルが違うのがわかる。焼き目が上品。焼き色がおいしそう。焦がしが寸止めな感じ。皮にX時に包丁が入れてあり、少し焼けた白身が見えている。まだ熱い。

ヨダレが出てきた。ボクはまぎれもなくアジアの小さな島国に生まれ育った日本人である。

まず大根おろしに醤油をピッとたらす。食べる前の儀式だ。

箸で皮をはぎ、湯気が立つ身をほぐすようにしてほじり取り、大根おろし醤油をのせて口に運ぶ。うわぁ、おいしい!ほくほくだ。海の滋養が焼かれてさらに凝縮されているようだ。でも全然魚くさくはない。追いかけてごはんを食べる。うん。うん。

本当においしいときは、うん、うん、というリアクションしか無い。これだ、これだ、これが食べたかったんだ、というウンだ。

豚汁を一口すする。あー、うまい。しみる。これも、これだけでごはん食べられるような一品だ。七味をちょっとふる。

サバに大根おろしをのせ、それをごはんにのせ、一緒にほおばる。うん。うん。

お新香を食べる。ひじきをつつく。ごはんを食べる。味噌汁をすする。アサリをつまむ。ああ、おいしい。

大根おろしに醤油をたらしたものが、なんで焼き魚にこんなにも合うんだろう?それがまたごはんを、どうしてこんなにもおいしく食べさせてくれるんだろう?

ひたすら食べて、サバの皮も食べて、小鉢も豚汁も、きれいにボクのお腹の中に収まった。ごちそうさま。

お茶を飲む。あー。このお茶がまた格別だ。口と胃袋と心が落ち着く。

働いて、お腹をすかし、飯を食う。この真っ当さを今日はしみじみ味わった。予想外のビール付きだったのは、皆さん申し訳ない。

さて、ウチに帰って午後の仕事をしよう。

ちょっと足を延ばそうにも、足のかゆみが気になる・・・
じめじめしがちなこの季節、もしも水虫になってしまったら

今回ご紹介したお店はコチラ!

おふくろの味 ねぎ

住所 東京都港区赤坂3-7-15 小川ビル1F
TEL 03-3584-5345
営業時間 [月〜金]11:30〜13:30、18:00〜22:00(L.O.21:30)
ランチ営業

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2017.06.01