久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.13冷えた体に染みわたる、ちょっと贅沢ごはん
浅草 ぱいち「ビーフシチュー」

今回は浅草で老舗の洋食屋にシチューを食べに行った。

洋食。その言葉の時点で、限りなく和食に近い西洋料理、というニュアンスがある。白いごはんと一緒に、箸で食べる。汁物がごはんと同時に出てくる。

ボクはとにかく白いご飯が好きなので、フレンチのように、一品一品を「おかず」として食べない食事がどうも苦手だ。スープを出して、それを飲みきらないと次の料理が出てこないのも、不満が残る。ご飯と汁は、食事中、最初から最後まであってほしい。おかずとごはん、という二極食いが日本人の基本。そこに汁が加われば「一汁一菜」だ。ごはん無しでおかずだけ食べるというのはどうも落ち着かない。

そういう意味で洋食屋というのは、安心なのだ。

浅草の「ぱいち」に行くのは、かなり久しぶりだ。最初に行ったのは大学生の時だった。先輩か誰かといった。その時もシチューを食べた。「シチューの店」と書いてあるのだから、それを食べるしかないと思って行った。学生にしては値段が高かったけど、おいしかった。ような気がする。よく覚えていない。浅草のそういう路地裏の店に入るのが、小さな冒険のようで楽しかったのだ。

「ぱいち」という店名がいい。なんでそういう名前になったんだろう?ネットで調べれば出てくるかもしれないけど、あえて調べない。平仮名で「ぱいち」というちょっと変わった名前の洋食屋が、浅草で長いこと続いている、という事実だけで十分面白い。なんでも理由を知ればいいというものでもない。

大通りからちょっと入った、角地にある店で、入り口が角にあるという佇まいがシブイ。ドアでなくて引き戸なのもすでに和風。壁に道路標識の「浅草一丁目15」と貼ってあるのが、何か晴れがましい感じがする。浅草は、銀座とともにやっぱり晴れがましい東京の街だ。

さて、入ってテーブル席に着き、迷うことなくビーフシチューをセットで頼む。ビーフシチュー2,200円。そこにライスと味噌汁セットが350円。一食2,550円は、たしかに学生には高価だ。

ここはサラダや揚げ物も人気のようだ。だが見向きもしない。日替わりランチはAセット850円、Bセットは1,100円とお値打ちだが、内容の確認もしない。まずビールを飲んで、なんてこともしない。ここではまっしぐらにビーフシチューの定食。そう決めている。

座席の木の背もたれが「ぱいち」と抜かれているのが洒落ている。壁には三社祭の写真ばかりがパネル化されて張り巡らされている。神輿を中心にものすごい群衆が渦を巻いている写真に、ちょっとくらくらする。浅草は何と言っても祭りの街だ。1年を通した生活の中心に、祭りがある。

さあ、ビーフシチューがやってきた。

一人前の鉄鍋に湯気を立ててやってきた。湯気とうまそうな香りが立ちのぼっている。ゴロゴロ切ったニンジン、ジャガイモ、タマネギが見える。これがカレーなら典型的な「田舎カレー」だろう。柔らかそうな肉も見える。それとご飯と、お新香。最高だ。

まず木のおたまでシチューの汁部分をすくって、一口飲む。熱い。うまい。これは汁だ。肉の味,ソースの味はするが、和の汁のニュアンスがしっかりある。つまりごはんに合う。

それから肉と野菜の入ったシチューを、小鉢に取る。天ぷらのつゆなんかも入れるこの小鉢のことを、呑水(とんすい)というのを最近知った。とんすい。シチューは鉄鍋ごと熱せられていて、すごく熱いからここでひと休みさせてふうふうして食べると具合がいい。肉は口の中で崩れるほど柔らかい。これをトマト味が利いた、微かに酸味のある汁部分と一緒に食べると激烈にうまい。「濃厚」とか「肉汁じゅわっ」とは全然違う。もっとやさしい。でもコクはある。ごはん寄りにコクがある。やたらごはんにこだわる、ごはん人間、俺。そこにタマネギがまたいい。そして白いごはん。ここのシチューは完全におかずであり、汁だ。ごはんにバッチリ。

漬物をちょっと食べる。漬物大事。タクワンと柴漬け。シチューとタクワンなんて、シチュー発祥の国では信じられないだろう。

めしが進む。シチューが進む。箸が止まらない。熱くなってきた。背中にジンワリ汗をかいている。でもおいしい。

ほぼ一気食いだった。いやーウマかった。大満足だ。ごはんを少なめに頼んだのも、ボク的には正解。そのあとの水がまたウマい。さらにその後の温かいお茶が嬉しい。シチューのあと、食後のコーヒーでなく、日本茶。おいしい上に落ち着く。もろ日本人。お茶をおかわりした。

ぱいちは、昭和11年開店で、今年81年目。今の店主は三代目だそうだ。もちろん生粋の浅草っ子で、いなせなお祭り男だった。

今回ご紹介したお店はコチラ!

冷えた体に染みわたる、ちょっと贅沢ごはん
浅草 ぱいち「ビーフシチュー」

住所 東京都台東区浅草1-15-1
TEL 03-3844-1363
営業時間 【平日】
11:30〜14:30 (L.O.14:00)
16:30〜21:00 (L.O.20:20)
【土・日・祝】
11:30〜15:00 (L.O.14:30)
16:30〜21:00 (L.O.20:20)
ランチ営業、日曜営業

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2017.02.01