久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.11冬の温まるランチ
自由が丘 星火「神威豚の出汁しゃぶ御膳」

今回の昼飯はなんとしゃぶしゃぶだ。

一人しゃぶしゃぶ。
贅沢じゃないか。大名じゃないか。お前もずいぶんエラくなったな。何様のつもりだ。と自分の中の自分が言っている。
実際、お昼にしゃぶしゃぶを食べるのは初めてだ。しかも一人で。

しゃぶしゃぶを初めて食べたのは、高校生ぐらいの時だ。実家でやった。真ん中に煙突みたいなのが立っているしゃぶしゃぶ専用鍋などもちろん無い。普通のアルミの鍋でやった。割と新しいモノ好きだった母が考案したんだと思う。薄い肉をお湯に、しゃぶしゃぶっとやってもうすぐ食べる、ということだったが、火力が弱かったせいか、肉はいつまでも生っぽくピンクだった。家族4人が一斉に冷たい肉を湯につけたせいか、湯の温度が下がったのかもしれない。

みんな苦笑いしながら、いつまでもいつまでも箸でつかんだ肉をお湯の中で揺さぶっていた。みんな箸持つ手をブルブルブルブル。

なんだか、自分でつかんだ肉を鍋の中で手放せないでいるしみったれた男みたいで、ミジメだった。今思うと、肉も牛肉じゃなくて豚肉だった気がする。ちなみに、実家のすき焼きも、最初はずっと豚肉だった。それに何の疑問も感じず、おいしいおいしいとありがたがって食べていた。

二十歳すぎてから、誰かに外の店でご馳走してもらったしゃぶしゃぶは、もう全然違うものだった。牛肉は紙のように薄く、湯はグラグラと沸き立ち、確かに箸でつまんだ肉をちょっとゆらゆらさせれば、もう食べられた。家ではポン酢だけのタレだったが、店にはゴマだれもあった。これが珍しく、おいしいと思った。白菜や春菊の他に、葛きりが入っているのが面白かった。これは透明で、手放すと湯の中で行方不明になった。

最後にうどんを入れる。そして、塩コショウ万能ネギを刻んだのが入ったお椀に、具材のダシがたっぷり出たスープを注ぐ。ここにうどんを取り入れてすすると、もう最高にウマイ。今思い出しても、肉よりこのスープうどんの方が印象深いほどだ。

書いていて食べたくなってきた。しゃぶしゃぶもしばらく食べていんばいなあ。
というわけで、お昼に一人しゃぶしゃぶのできる店に行ってきた。

自由が丘の駅から徒歩約7分の「星火」。ちなみにこの店は和食の店だが、特製のラーメンも大人気らしい。そのラーメンに、興味がわく。でも今日はしゃぶしゃぶだ。ラーメンごとき、なんだ。しゃぶしゃぶ様のお通りだ。
「神威豚の出汁しゃぶ御膳」1,680円。

お、豚だ。牛じゃないんだ。それでもいいんだ。いいよな。考えたら、鯛しゃぶや蛸しゃぶもあるじゃないか。ウチの豚しゃぶは貧乏だったゆえだけど。

でも神威豚って聞いたことが無い。なにそれ、神の威をかる豚って。店の人に聞いたら「カムイブタ」と読むそうで、北海道のおいしい豚らしい。へぇ。実家とは大違いだ。あれは今思うと、ただの豚バラ肉だったな。

注文すると、間もなくしゃぶしゃぶ御膳のセットが運ばれてきた。

肉が厚い。肉の下に水菜が敷いてある。水菜、シャキシャキして好き。

きのこの和え物と、切り干し大根と、お新香が付いている。

ご飯は麦が少し入っている。これも好き。あと味噌汁。

小さなコンロに乗せられた鍋にはすでにダシの効いたお湯が張られていて、店員さんが「もうあたたまっていますので、すぐにお召し上がりになれます」と言った。

よし。肉をダシ汁に付ける。肉に厚みがあり、しゃぶしゃぶ泳がす感じではないので、箸から離す。一人なので、誰も俺の肉を間違って取ることも無いのだ。水菜も入れる。ちょっと眺める。誰にも気兼ねすることは無い。鍋というのは、つい他の人の食べ進むやり方を気にしてしまう。和気あいあいとしたイメージがあるが、案外気も使う。だから「鍋奉行」なんて言葉がうまれるのだ。一人鍋は自由気ままだ。

その間に味噌汁をすすり、キノコ和えを食べてみる。肉が白っぽくなった。もういいだろう。まずはポン酢で食べる。

うむ。確かにおいしい豚肉だ。しっかりしている。そこにポン酢が爽やか。ご飯をすぐ食べる。豚肉をポン酢で食べるのってご飯にすごく合う。

水菜も食べる、思った通りシャキシャキ。

すぐ次の肉投入。今度はゴマだれで食べる。うん、これも悪くない。でも、ご飯と食べるならポン酢の方が合う気がする。ゴマだれは、酒の方が合うかな。飲みませんよーだ。

次は肉と水菜を一緒にポン酢につけて食べる。うまーい!ご飯バクバク。切り干し大根とキノコ和えの入る隙がない。でも一応食べる。いらないけど、食べる。でも実は大根キノコ結局少しずつ残した。

また肉を食べる。水菜もどんどん入れる。気がついたら夢中で食べていて、この連載中、一番速く食べ終わったかもしれない。

酒も飲まずに食べるしゃぶしゃぶは、こうしてみると実にヘルシーな食べ物に思えた。肉から余計な油が抜けるからだろうか。時々やりたいと思った。飲んでないから、最初からご飯で、締めのうどんも無し。いらない。満足した。

昼のしゃぶしゃぶと夜のしゃぶしゃぶは、別物なんだなとしみじみ感じて店を出たのだった。

今回ご紹介したお店はコチラ!

冬の温まるランチ
自由が丘 星火「神威豚の出汁しゃぶ御膳」

住所 東京都目黒区自由が丘1-21-4 J121ビル 1F
TEL 03-6421-4328
営業時間 昼11:30〜14:00/夜18:00〜00:00 (L.O.23:00)
[土] 18:00〜23:00 (L.O.22:00)
※夜10時以降入店可、日曜営業

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.12.01