久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.9秋ならこれ!
飯田橋 居酒屋 秋刀魚「さんまずし」

秋と言えばサンマだ。秋の刀の魚と書くだけある。旬に食べるサンマの塩焼きも、年とるほど好きになるもののひとつだ。

脂ののった大きなサンマを、遠火の強火でじっくり焼く。その焼きたてのジブジブいったようなやつの皮を箸でさいて、身を大きめにとり、醤油をかけた大根おろしと合わせて口に入れた時の幸福感は、他の魚には無いものだ。サンマはエライ。でも大根おろしと醤油も同じくらいエライ。この脇役たちがいなかったら、サンマの美味しさは半減すると言ってもよいだろう。

これがまたご飯に合う。白いご飯がバクバクいける。子供の頃は避けていた、血合いの茶色い部分がこれまたうまい。苦味のあるワタがまたお宝だ。子供にはこの美味しさはわかるまい。大人になってよかった。

ものすごく空腹でなかったら、サンマの塩焼きで日本酒というのも、これまたたまらない。秋になって、ちょっと涼しくなってきたから、ぬる燗の酒をチビチビ飲みつつ、サンマをほじり食って、最後はきれいに骨だけにする「作業」ほど楽しいものはない。この時ばかりは一人にしておいてほしい。

とここまで書いておいて、今回はサンマの塩焼きでは、無い。

世の中には「さんまずし」というのがある。サンマの握り寿司は、ときどき寿司屋でも見かけるが、それとはまったく異なる料理だ。三重県の郷土料理のひとつで、東京では一軒だけこれを出す店がある。飯田橋の、店名もズバリ「秋刀魚」。居酒屋である。

実は、ボクはこの店、一度何人かで飲みに来たことがある。その時最後の方にさんまずしも一切れ食べた。確かにすごく美味しかったのだが、もう酔っ払っていたし、今やその味をよく覚えていない。

ところが、この店はランチもやっていて、「さんまずし定食」があるという。さらに、さんまずしは一年中あるが、この時期だけは冷凍でなく生のサンマを使うので、味も全然違うという。いいじゃないかいいじゃないか。今度こそ、シラフで堪能しよう。秋になったらサンマの塩焼き、という馬鹿のひとつ覚えから脱しようじゃないか。

居酒屋だけど、昼はランチ営業で賑わっていた。暖簾をかきわけ出てくるのは、ほとんど近所の勤め人だ。女性客も多い。入店。

ビールなど頼まず、直球で「さんまずし定食」を注文した。

さんまずしは、開いてワタを取り、軽く塩漬けしたサンマを酢飯の上に乗せて押した、押し寿司の一種。一人前サンマ一本使うという。それ、ちょっと多くないか。

出てきました。

確かに一本、一匹のサンマだ。それが銀色に輝いている。これは素人目にも新鮮そうだ。すでに一口大に包丁が入れてあり、生姜が添えてある。見るからに美味しそうだ。

お新香とサラダが付いている。味噌汁がシジミなのが嬉しい。これを一口すすり、まず口を湿らせる。あー、沁みるはこれ。

さて、さんまずしを一切れ頬張る。ん、おー、ウマイ。これは思ったよりアッサリしている。もっと脂が乗ってこってりトロッとしてるかと思ったが、全然違う。サンマの下にシソが敷いてある。これが微妙にいい。

サンマに塩味が付いているので、醤油はつけなくてもいい。ふた切れめを取ろうとして、指にべったり脂が付いていることに気づく。やはり脂はのっているのだ。でも食べると、そういう感じではない。不思議だ。

三切れめは、小皿に垂らした醤油をちょびっとつけて食べてみる。醤油の表面に、パッと脂が広がった。うむ、これもうまい。醤油は偉大だ。

味噌汁を飲み、サラダを食べ、お新香をつつき、ガリを噛みつつ、あっという間に一本食べきりそうだ。全然多いと感じない。これは美味しい料理だ。シラフでうまい。

だが、これ、酒の肴にもイケそうだ。

と思ったら、お店の人が、ものすごく酒を出したそうなのである。「井戸水も麦ジュースもあります」と言っている。ホント。ボクが飲みたいわけではない。この後も仕事があるのだ。この連載は、男の仕事飯のルポである。

だが、無情にも、酒が出てきてしまった。景虎の純米酒の冷酒。これはまずい。この連載のスタッフが嬉しそうである。と思ったら、自分たちもちゃっかり頼んでいる。

禁断の昼酒を一口。無情にも、激ウマ。

最後のさんまずしを頬張る。味わい、飲み込んで、酒を一口。あぁ、酒にも合う。これはまずい。うまくてまずい。

そしたら、店主が「よかったらこちらも食べてください」とサンマの刺身を出してくれた。これはもう、いわゆる脂ののった旬のサンマの刺身だ。これもものすごくうまいが、さんまずしとは全然違う味だ。さんまずし、恐るべし。最後に残った尻尾だが、この骨の周りに肉が付いていて、これを歯で引き剥がすようにして食うと、名残惜しいようにウマイ。そこに酒をチビリ。これはイケマセン。

まだ外は日が高い。スタッフが酒のお代わりをしたら、何も言ってないのに、こちらにも新たな酒が出てきた。ボクはこの事態をいかに収束させればいいのだろうか。

今回ご紹介したお店はコチラ!

秋ならこれ!
飯田橋 居酒屋 秋刀魚「さんまずし」

住所 東京都千代田区富士見1-7-7 ニュー東和ビル 1F
TEL 03-3264-4170
営業時間 [月〜金]昼11:00〜14:00/夜17:00〜24:00
[土]17:00〜24:00
※夜は居酒屋として営業、ランチ営業、夜10時以降入店可

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.09.30