久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.6鰻の老舗名店
目黒不動 八ツ目や にしむら「鰻重定食」

鰻は、ごくたまにしか食べない。嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。
だが本格的なのは値段が高いこともあるし、注文してからできるまでに時間がかかる。そうなると待ってる間に、肝焼きかなんかで、ビール一杯飲みたい。鰻はなかなかこないから、ビールも飲んじゃって、お酒も一本……となると、そのあと仕事にならない。がしかし、ボクの仕事が終わった後は、もうどこの鰻屋もやっていない。
そういうわけで、なかなか鰻にありつけない。だから食べたい時は、本気で食べたい時に、前からそのつもりでスケジュールを立てて、しっかり腹を減らして食う。
ところが、目黒不動尊の近くの鰻屋は、平日のお昼時サラリーマンが並んでいると言う。ということは、できるのが早いということだろう。しかも老舗の名店という。これは、酒を飲まずに、うまい鰻重を食べれるのではないか。
というわけで、この日は朝食は野菜ジュース一杯だけにして、久しぶりの鰻重をいただくことにした。

サラリーマンの波が過ぎた後、この「にしむら」にやって来た。まだ看板も見えないうちから、鰻の香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐった。鰻だ鰻だ。
焼いてる焼いてる。ご主人がまさに炭の火で鰻を焼いているところだ。たまらん。
しかし、どこで食べるんだ?と思ったら、「そんな狭いところ、通っていいんですか」という焼き場の横をすり抜け、靴を脱いで、奥の細くて急な階段を上って二階へ。
ここが落ち着いた座敷になっていて、ちょっとビックリ。落語に出てきそうな鰻屋の二階座敷という、広くはないが清潔で落ち着いた和室。奥の窓からお昼の日差しが明るい。

さて鰻重の定食だ。特上、上、中。
中は、中串がのる。2,800円。
上は、大串がのる。3,200円。
特上は、中串が2本のる。しかもそのうち一本を白焼きにすることも可。4,800円。
上に即決。

たまの鰻屋に来て、中はシミったれてるし、特上は見栄っ張りみたいで、居心地が悪いや。一本タレで一本白焼きってのも、なんだかシャラくせえ。白焼きが食いたい時は、それだけ一人前もらわぁ。
なんて突如江戸っ子気取りしたりしてみる武蔵野ッ子。何を頼もうと、人の勝手だ。
メニューが少ないのは迷わなくていいが、少ないメニューゆえ、肝焼 1本400円 が、猛烈にそそってくる。しかし、となると、おビールも欲しくなり、そうなるとこの連載のコンセプト「サラリーマン飯」の道を外れることになる。
ダメだ。我慢できない。

鰻重定食(上)と同時に、ラガービールと肝焼、頼んでしまいました。1本だけならいいだろう。肝焼き、わりとすぐ来た。冷たい瓶ビール(中)も。今日は天気もいいし、窓からの陽光に、コップに注いだビールが黄金色に輝いている。肝焼きに山椒をふる。お、ここの山椒、緑っぽい。ひと口分頬張って、串を抜く。
うまい。歯ごたえがいい。柔らかい部分と、弾力がある部分があって、それが口の中でなんとも心地いい。そして香ばしい。飲み込んで、ビールをごくりごくり。

最高!申し訳ない!やはり真っ昼間のビールの一杯目は、めちゃくちゃにウマい。超特急で喉を駆け抜けた。そしてあらためて肝焼きの、なんとも言えない苦ウマさを味わう。これはビールに最高に合う味だ。肝焼きがこれだけおいしいので、鰻重への期待値がさらに高まる。ふた口目のビールは、口中の肝焼きのタレと脂を洗い流すかのように、またしみじみとウマい。

そしてビールを一本飲み干す以前に、鰻重定食が登場。たしかに早い。注文されてから焼いているのではないだろう。ご主人がさっき下で焼いていたものか。鰻重の蓋をしずしずと開ける。蓋なんて無くたっていいっちゃ、いいんだが、この鰻重の蓋を開けるというのは、開会の儀式に近く、胸が躍る。おお!いいじゃないかいいじゃないか。この鰻のタレ焼きの色。そして立ち上る香り。重箱の王者の貫禄だ。鰻の周りに、少ーしごはんがのぞいているのが、奥ゆかしくていいじゃないか。「鰻でごはんが見えません!」なんてのは、むしろみっともないよ。粋じゃない。なんて。肝吸いもいい。お新香が奈良漬けじゃないのも、ボクは嬉しい。さて、山椒をふって、いただきます。

ウマイ!久しぶりの鰻だ。ごはんより柔らかく、ふわりとしながら、とろみもあり、微かに上あごにざらりと当たりながら、口中においしさが渦を巻いて広がる。飲み込んで、ふっと残る香りが上品。軽い。

どんどん食べて、肝吸いをすすり、大根の浅漬けで口の中をリフレッシュし、また食べて、あっという間に完食。最後のひと口までおいしかった。大満足。ビール瓶に、ビールが残っていたが、ビールのことなど忘れて、夢中で食べていた。このままビールは残そう。
あまりおいしくない鰻重は、最後の方で少し飽きてきて「あ、俺今、惰性で食べてるな」と思う時があるものだ。この鰻重は蓋を閉じるまでおいしかった。
焼肉を食った後とはまた違う充実感がある。満足感がある。よし、今日もがんばろう、と思う。サラリーマンの皆さんがここの昼に並ぶ気持ちがわかった。

今回ご紹介したお店はコチラ!

うなぎの名店
八ツ目や にしむら 目黒店

住所 東京都目黒区下目黒3-13-10
TEL 03-3713-6548
営業時間 [店頭販売]
10:00〜19:00頃

[店内お食事]
11:00〜14:00

※水曜定休(祝日・縁日は営業)

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.07.01