久住昌之の突撃!男の仕事飯

Vol.2懐かしの喫茶店ランチ
神保町 さぼうる「ナポリタンセット&生ジュース(イチゴ)」

神保町はボクにとって特別な街だ。それは19歳の時1年間通っていた美學校があったからだ。週一度そこで赤瀬川原平さんの授業を受けていた。クラスでボクが一番年下で、ほとんどの受講生は働いて自活していた。みんな、講義の前には近所でそれぞれ古本を買ったり、コーヒーを飲んだりしていた。それが高校出たてのボクには大人に見えた。

影響されて、ボクも古本屋を回ったり、買った本を持って喫茶店に入り、それらを開く楽しみを覚えた。一人でラーメン屋に入ったり、カレーを食べたり、ビールさえ飲むこともできるようになった。古書店、楽器屋、中古レコード店を巡っているだけで、半日楽しめる。金は無くとも豊かな気持ちになれた。
この「さぼうる」にもその頃から行っている。この店は朝9時から夜11時までやっていて、朝から深夜までコーヒーもお酒も飲める。ごちゃごちゃと古いものが飾られ、中二階、半地下のある構造に、若いボクはときめいた。ここで飲むコーヒーは特別な味がした。小皿にバターピーナッツが出されるのも大人と認められた気さえしたものだ。

それから三十数年通っている。しかしこの店は開店60年だ。開店当時から改装がほとんどなされてないのが嬉しい。

ここのナポリタンは、ボクが考える「喫茶店のナポリタン」の典型で、家でもイタリア料理店でもこの味は食べられない。そして量が多い。若いときは嬉しかったがもはや一人では食べきれない。でも、これにタバスコと粉チーズをじゃんじゃんかけて食べるのは、相変わらず最高にウマイ。昔の味。

ボクは四十代に美學校の講師をすることになって、終わってから受講生達とよくここに来た。飲めない人がいても、美味しい生ジュースなどがある。苺ジュースは特に美味しい。みんなしてここのナポリタンを割り箸でつつきながら飲む生ビールが最高だ。お腹もふくれ、肴にもなる。ピザやサラダもウマイ。テーブルがギッチギチだ。おでんもある。熱いコーヒーを啜りながらアタリメを齧っている仲間がいる酒宴は、なかなか無い。

申し訳なさそうにラストオーダーを告げに来た店主の鈴木さんが、酒の客には小さなグラスビールを、飲めない客にはシャーベットを出してくれたりする。てきぱきはたらく店員たちに、鋭く指示を出している鈴木さんは60年この街の移り変わりを見て来た。学生運動時代の常連も、毎日のように訪れるそうだ。若者から老人まで客層は幅広い。さぼうるの客は、この店にいることが楽しそうに見える。近所には出版社も多いから、編集者も打ち合わせや食事に利用している。

こんな店が家のそばにあったらな、とも思うが、たまに訪れる神保町に、変わらずデンとあるからこそ、ありがたいのかもしれない。もう神保町に行きたくなってきた。

今回ご紹介したお店はコチラ!

喫茶店のなつかしナポリタン
さぼうる

住所 東京都千代田区神田神保町1-11
TEL 03-3291-8405
営業時間 [月〜土]
9:00〜23:00(ランチ11:00〜14:00)

※日曜定休日
※ランチのナポリタンは「さぼうる2」のみで提供しております。

マンガ家/ミュージシャン 久住 昌之

PROFILE

マンガ家/ミュージシャン久住 昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日 東京・三鷹生まれ
法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。
1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、各国で翻訳出版、2012年にTVドラマ化され、season6まで放送。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。最新作は生まれ育った東京三多摩地区を散歩して綴った自伝的エッセイ集「東京都三多摩原人」(朝日新聞出版)1月20日発売。
  • カメラマン 稲垣純也
  • 更新日 2016.03.01