賢者の仕事、賢者の健康

Vol.16ゲーム音楽は"話し言葉"。日々の感動をメロディで伝え直している
植松伸夫氏 インタビュー(前編)

そもそも僕、ただのロック野郎ですから(笑)

− 「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズの音楽をはじめ、植松さんは30年以上一線で活躍されています。今お話されたようにポジティブに仕事を続けていける、そもそもの原動力は何ですか?

植松なんなんですかね?気づいたらこの歳になってたってだけなんですけど、自分にとっては……。まあ、第一に音楽がすごく好き。それは大きいでしょう。ただ、ちゃんとした作曲屋さんが作るような音楽は僕には書けないから、もっとガチガチの方法で作曲していたら、こんなに長いこと続けられたかどうかわかりません。

− ちゃんとした作曲とそうでない作曲があるんですか?

植松まあ、それは比喩ですが。例えば、クラシックの作曲って"将棋"みたいな世界なんですよね。ロジックが重要で、メロディの展開や和声などのルールも楽典でガッチリ決められてます。もし、そういうやり方を「ちゃんとした作曲家の仕事」と言うのであれば、僕は全然そういうやり方はやってなくて。どちらかと言うと僕の作るものは"語り口調"なわけですよ。

つまり日常会話で友達と話してる感じで、自分が感動したことを音楽で誰かに伝えたい。こんな素晴らしい感動があるんだよっていうのを、自分のフィルターを通して自分のメロディで伝え直してるだけなんです。そのことが大好きなので、多少面倒くさいことがあったとしても続けてこられたんだと思います。

そもそも僕、ただのロック野郎ですから(笑)。楽典やジャズの理論、オーケストレーションなども多少は勉強してますけど、結局そっちに自分の人生を賭けていく気はしないというか。それだったらオーケストラの専門家やジャズプレイヤーになる必要はなく、自分の好きな音楽のフィールドで、自分のやりたいオーケストラやジャズをやればいいのかな?って。そう思うと気がラクになるんですよね。

− そういった仕事への向き合い方というか、ご自身のスタイルみたいなものっていつ頃気づかれたんでしょう?

植松わりと最近ですよ(笑)。いや、昔から結構そういうスタンスではあったんだけど、年とともに一層確信も深まっていくというか。若い頃ってやっぱり自分以外の何者かになりたいじゃないですか。自分がイヤでしょうがないでしょ?

で、「あの人みたいな音楽を書きたい」「あんな風に人から賞賛されたい」なんて思ったりもするんだけど、でも、それって絶対ありえないことですよね?だってその人は僕じゃないから。モーツアルトになれるわけでもないし、エルトン・ジョンになれるわけでもない。僕は「植松伸夫」でいるしかないんですよ。でもそれって逆に言うと、僕にしかできないこともあるわけで。

そしたら植松伸夫が植松伸夫を信じて、自分が美しいと思うものや価値があると思うものを作り続けていくしかないんですよね。

スクウェアには大学の同好会みたいなノリがあった

− 植松さんにとってゲームという分野というかメディアとの出会いはやはり大きいのかもしれませんね。ゲームは"話し言葉"に近いエンタテインメントだと思うので。そもそも、なぜゲーム音楽だったんですか?

植松それしかなかったんですよ。ゲーム業界に入る前は、ポップスのヒット曲とか昔のヨーロッパ映画で使われているような綺麗なメインテーマがある曲を書くような仕事がしたいなと思ってたんですけど、それは望んでなれるわけでもないし、縁もなきゃコネクションもないですから。デモテープを作って送ったりはしたんですけどね。

で、こうなったのは本当に偶然で。食えない若いヤツって同じような境遇の人たちとつるむじゃないですか?僕は全然食えなかったんですけど、毎晩のように僕の部屋に、食えないミュージシャンや写真家、将来絵描きになりたい人、小説家志望の人なんかがやって来ては、お酒や食べ物を持ち寄って宴会やってたわけですよ。

そこにある日、仲間の一人がある女性を連れてきたんですね。その人がゲーム会社の社員だったんです。で、「うちのゲームで曲を作れる人を探してるんだけど、アルバイトする?」って言うので出入りし始めたのが、スクウェア(現スクウェア・エニックス)の前身になる会社で。そんな感じでやってるうちに誘われて入社することになって。

でも僕、ゲーム業界にアプローチどころか、そんな業界があるなんてことさえ知りませんでしたから。最初スクウェアに行ったのはまだファミコンが出る少し前の頃ですよ。PCゲームはあったんですけど、遊ぶ人は非常にマニアックでAppleⅡとかで遊んだり、家庭用ゲーム機じゃないですから。ゲームが本物のオタクの遊びだった時代の話ですよね。

− 黎明期のゲーム業界というのは刺激的で面白かったんじゃないですか。新しい才能と自由さが溢れていそうで。

植松面白かったですし、それまで僕、全然食えてませんでしたからね。毎日毎日朝から晩まで作曲してお金がもらえるってだけで、うれしくてしょうがない。「こんなことが世の中にあっていいの?」って思ったくらいで。

おっしゃる通りスクウェアには、「集まってみんなで何か作ろう」っていう大学の同好会みたいなノリがありましたね。もちろん、シナリオを書く人、プログラムやる人、絵を描く人、音楽やる人っていうふうに各自担当は分かれてるんですけど、僕がストーリーに口出ししたり、絵描きが「この音楽ちょっと違うんじゃないの?」なんて言い合いながら作ってました。FFのⅥとかⅦくらいまではそんな感じだったかな?まあ、これは素人っぽい作り方とも言えるんですけど。

− そういう現場は楽しそうです。

植松でも、そこがね、たぶん某有名RPGと「ファイナルファンタジー」の違いだと思う。某有名RPGって既に一線で活躍されてたスタッフが集まっているので、すごく洗練されてるんですよ。一方で「FF」は力任せというか(笑)。みんなが思いついたアイデアをガンガンぶち込んでいて、まだ若かったから許されたというか。