賢者の仕事、賢者の健康 賢者の仕事、賢者の健康

Vol.1マンネリを打破する発想。それを選ぶのがリーダーの仕事
スタジオジブリ鈴木敏夫プロデューサー インタビュー(後編)

「愛」ではなく「哲学」をお客さんが見に来る時代です

− カオナシと言えば、お面をつけたあのお化けですよね? 印象に残るキャラクターではありつつ、主役級とまで言っていいか…? というふうにも思えるのですが。鈴木さんの中で、どういったことが決め手になって「千尋とカオナシ」という発想が出て来たんでしょうか。

鈴木僕もね、物語を読む限りではそう思う要素が多くはなかったんです。でも、絵コンテを分析するとちょっと違った。二時間強の映画の中で、主人公である千尋の登場秒数が多いのは当然のこととして、「二番目はだれだろう?」と気になって計ってみたところ、圧倒的にカオナシだったんですね。ハクではなくて。

ということは、宮崎駿本人は「千尋とハクの物語」でやろうとしているのかもしれないけれど、無意識にはカオナシが大事なんだろうと。それで、「千尋とカオナシ」でやろうというふうに僕としては提案していったんですよね。喧々囂々色々あったんですけど、最終的には宣伝プロデューサーが「鈴木さんがそこまで言うならそれでやりましょう」と。

あと、これはもっと昔からなんですが、もうひとつ思っていたことがありまして。アメリカのある人に教えてもらったんですけど、映画のジャンルって西部劇から社会派、コメディまで様々あるとはいえ、ある時代までは根本のテーマが、たいてい「ラブ」なんですよね。

それを大きく変えたのが「STAR WARS」という映画です。あれって実はラブの話じゃないですよね? でなきゃ、ダースベーダーがお父さんなんて設定が物語の幹にはならないはずで。「じゃ、なんなの?」と言われると、「STAR WARS」は“フィロソフィー”がテーマなんです。「STAR WARS」が誕生した頃から、映画のテーマが愛から哲学に変わるんですね。

そう思って映画を見回してみると、大ヒットしてるのはみんなフィロソフィーだったんです。つまり「ラブ」ではお客さんの数が制約されるのに、「フィロソフィー」にすればもっと広がる。そのことに気づきました。そういった目で宮崎駿という人が作っている作品を見て行くと、これは明らかに哲学である。じゃあ、それを打ち出そうというのが僕の考えの根っこにあるんです。

「もののけ姫」のときも「生きろ。」っていうキャッチコピーでやりましたけど、「千と千尋」は「生きる力を呼び覚ませ」なんですよね。でも、そういう打ち出し方をすると映画界のベテランの方々は、みんなビックリするわけです。「そんなのでお客さん来るの?」って。だけど、僕としては「いや、愛ではお客さんが来ない時代ですよ」なんて言い切ってましたね。ただ、それを言うための前提として、「千と千尋」の場合、「カオナシがこの映画の中に何分何秒登場しているか?」ということの証明が大事だったんです。

千尋とカオナシで宣伝を始めたとき、一番ビックリしたのは宮崎駿ですよ。宮崎駿という人は、映画を作り始めると、基本、映画作り以外の何にも興味を示さない人ですから、通常は宣伝のことなんて一切興味ないんです。ところがこのときは違いましたからね。わざわざ僕の部屋まで来て、「鈴木さんさ、なんでカオナシと千尋で宣伝してるの?」って。僕も困って「いや、これはそういう映画ですよ」って言ったら、ぽかーんとした表情してるんですよ。それで何も言わずに帰っていった。

それからしばらくして、主要スタッフで全編を初めて通しで見る試写会をやったんですが、それが終わったあと、宮崎駿がまたぼくの部屋に来て、今度はおもむろにこう言ったんですよ。「鈴木さん、わかった。あれ、千尋とカオナシの映画だね」って。