賢者の仕事、賢者の健康

Vol.26止まっている心の時間を動かしたい
三宅隆太氏 インタビュー(後編)

今回の賢者

PROFILE
スクリプトドクター三宅隆太

脚本家、映画監督、スクリプトドクター、心理カウンセラー。若松プロダクション助監督を経て、フリーの撮影・照明スタッフとなり、映画・テレビドラマ等の現場に多数参加。ミュージックビデオのディレクターを経由して脚本家・監督に。また、スクリプトドクター(脚本のお医者さん)としてハリウッド作品を含む国内外の映画企画に多く参加する傍ら、東京藝術大学大学院をはじめ各種大学やシナリオ学校等で講師も務める。

各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事、賢者の健康」。スクリプトドクターの三宅隆太さんのお話を引き続き。脚本家・映画監督、大学教員でもあり、心理カウンセラーの資格も持つ三宅さんに、仕事をする人の「心の健康」について話してもらいました。三宅さんが考える"非セルフィー"な仕事&健康法とは?
(聞き手:河尻亨一)

人生を好転させたくて脚本を学ぶひとも多い

− 引き続き「スクリプトドクター」の仕事についてお話を。リライト作業が度重なるケースなど、時として脚本家やプロデューサーには三宅さんのような"脚本のお医者さん"のアドバイスやカウンセリングが必要というお話でした(前編)。

うかがっていて感じたのは、脚本には書き手の心の状態が如実に反映されるのでは?ということです。三宅さんは心理カウンセラーの資格もお持ちですが、脚本を読むことで、書き手のメンタルの好不調などもわかったりするんですか?

三宅(隆太氏 ※以下、三宅)うまくいっていない脚本のときは分かります。特にアマチュアの場合は顕著ですね。大学のほかに社会人向けの脚本学校でも教えているんですが、ぼくのクラスでは「プロを目指す」のではなく、「自分の人生を好転させるために脚本を勉強したい」という方が結構多いんです。そういうひとたちは事前に、ぼくの本(『スクリプトドクターの脚本教室』シリーズ)を読んだり、出演したラジオ番組を聴いたりしているので、三宅隆太の基本的なスタンスを理解、共鳴したうえで習いに来てるんだと思います。

それで、「自分の人生を好転させるために脚本を勉強したい」というひとには、ぼくが「脚本療法」と呼んでいるアプローチに挑戦してもらいます。具体的には、そのひとの人生を「近似した既存の物語の構造」に落とし込み、そのうえでご自身の人生観を架空のキャラクターに仮託して脚本にします。実人生をそのまま身の上話として書くのではなく、同じ構造を持ったフィクションの物語として再構築するわけです。そういう脚本を書くことで、ご自分の悩みを客観視することが可能になりますし、結果として殻に閉じこもっていたそのひとの心が開放されていく。簡単に言うと「脚本療法」というのは、こういう流れです。

ただし、この療法は小説だとあまり効果がないんですね。例えば、主人公が窓辺に立って独りで思い悩んでいるシーンを書くとします。小説という媒体だと、そのときの心情が描写できるじゃないですか?「私は心のなかでこう思っていた」と書ける。でも、「自分の人生を好転させたい」と悩んでいるひとが、そういう場面を「小説として書く」と、思っているだけでも成立していることになるので、状況に変化をもたらす具体的な行動を書くという発想に結びつかないんです。

片や脚本は心情描写ができない媒体です。人物が心に思っていることは書いちゃいけないんですね。どうしてかというと、カメラに写らないからです。脚本というのは、小説のように「読み物として完成するもの」ではありません。映画やTVドラマに置き換えるために書く文章芸術です。想いを観客に伝えるためには、カメラにも写るようにと「内面」を「行動」に置き換えないといけない。「私はそのとき、心のなかでこう思っていた」とは書けないわけです。必然的に登場人物の自己開示が求められます。「脚本療法」的には、主人公は書き手の分身ですから、作者も自己開示をしなければならない。

でも、実際には自分を開くということを無意識に我慢してしまうひとが多い。「私が思ってることなんて価値がない」「自分の想いを口にすることで周囲を振り回しちゃいけないんだ」ーーと決めつけてしまうんですね。

さきの本にも書いたんですが、そうやって自分の思考や感情にブレーキをかけてしまう脚本家志望者を、ぼくは"窓辺系作家"と呼んでます。登場人物が窓辺に佇んで物思いに耽るシーンを好んで書くことからそう名付けたのですが、そんな風に殻に閉じこもりがちなひとたちも、脚本を勉強することによって自分を開示しやすくなっていくんです。