賢者の仕事、賢者の健康

Vol.26脚本にも"お医者さん"が必要なんです
三宅隆太氏 インタビュー(前編)

今回の賢者

PROFILE
スクリプトドクター三宅隆太

脚本家、映画監督、スクリプトドクター、心理カウンセラー。若松プロダクション助監督を経て、フリーの撮影・照明スタッフとなり、映画・テレビドラマ等の現場に多数参加。ミュージックビデオのディレクターを経由して脚本家・監督に。また、スクリプトドクター(脚本のお医者さん)としてハリウッド作品を含む国内外の映画企画に多く参加する傍ら、東京藝術大学大学院をはじめ各種大学やシナリオ学校等で講師も務める。

各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事、賢者の健康」。今回のゲストはスクリプトドクターの三宅隆太さん。"脚本のお医者さん"とは聞き慣れない職業ですが、それは一体どういう仕事なのか?脚本家・映画監督でもある三宅さんにうかがってみます。
(聞き手:河尻亨一)

脚本の"お医者さん"。スクリプトドクターの仕事

− 三宅さんは脚本家であり、映画監督でもあるのですが、今日メインでおうかがいしたいのは「スクリプトドクター」の仕事についてです。これ、あまり聞かない肩書きだと思いますが、どういった職業なんでしょうか?

三宅(隆太氏 ※以下、三宅)直訳すると"脚本のお医者さん"ですね。そう言うと「脚本にお医者さんが必要なの?」って不思議に思われる方も多いと思うんですが。

− 確かに。でも、そこが気になるところで。

三宅あ、そうですよね。普段みなさんがご覧になっている映画やドラマは「脚本」を元に撮影されています。そのこと自体はご存知だと思うんですが、実は脚本家が好き勝手に書いたものがそのまま映像化されているわけではない、ということはあまり知られていないかもしれません。

脚本家が書き上げたものに対して、プロデューサーや監督、キャスト、スポンサーの側から、様々な要望が出されるんです。そこで、「リライト」といって、必ず脚本家自身で書き直す作業が発生します。

− 関係者の想いを脚本に反映するプロセスがあるわけですね?

三宅ええ、広義における"政治と経済"に対応する必要があって。ところが、そのリライトの過程でいろんなことが生じます。なかでも映画はすごく時間がかかるケースがあり、何ヶ月、下手すると何年というスパンで、新しい注文が入ってはまた書き直すことになったり。

− 結構時間かかりますね。

三宅まあ、企画をよくするという意味でそれは必ずしも悪いことではないし、僕も脚本家としていつもやっていることではあるんですが、必ずしも健全な理由でリライトが求められるわけでもないんです。政治の歪みや、いわゆる「大人の事情」が大きく影響することもある。いずれにせよ、あまりにもリライトが度重なったり、同じプロデューサーと脚本家でずっとやり取りしていると、当事者たちの精神的な負担は大きくなっていきます。

脚本家が疲弊してしまうケースもある

− わかります、その感じ。私は脚本家ではないですが、物書きのはしくれではあるので。

三宅疲弊してきますよね?書き手は一番最初に書き上げたものが正解だと思っていることが多いですし、しかも脚本というのは要望のあったところだけ書き直せばOKというものではなく、どこかを触れば必ず別のところに影響が出てしまいます。

すると書き手もだんだん混乱してくる。大切に生みだした登場人物が、どんどん違うひとに変えられてしまったりするわけですから、モチベーションも下がりますし、プロデューサーも視野狭窄に陥ってしまう。挙げ句、「この脚本家はこれ以上直せないから、別の人にお願いしよう」ってことでプロジェクトから降ろしたり、最初の脚本家と代打の脚本家それぞれのいいところを拾って、また別の脚本家にくっつけてもらうなんてことまで起こってくるわけです。

でも、それってあまりいいことではないと思うんですよね。つぎはぎの脚本になってしまうというか。

− ストレス溜まりそうですね、そんな作業が延々続くと。

三宅そうですね。ただ、いろんなリライトのケースがあって、必ずしも脚本家だけが被害を被るわけではないんです。例えば若手のプロデューサーが上司から企画をあてがわれ、自分よりキャリアのあるベテランの脚本家をつけられてしまったと。そのうえで書き上がったものに対して、上司から色々と注文が出る。でも、それを伝達しなければならないのは部下のプロデューサーであると。ところが、相手はベテランなので、なかなかストレートには言えない。結果、上司と脚本家の板挟みになってしまうといったケースもあります。

− ある意味、仕事として不健康な状態というか。みんな良いものにしたいと思っていながら、それぞれの立場や事情が違ったりもするので、ややこしいことになってしまうと。

三宅そういう時にスクリプトドクターという人間が呼ばれるケースがあるわけなんです。

− 当事者だったらそれは助かりますね。でも具体的にはどうやって"治療"していくんでしょう?

三宅まず脚本を受け取り、客観的に分析します。それまでの経緯や感情の軋轢といった、様々なことから影響を受けてない目で読むわけです。当事者たちはすでに視野狭窄に陥っていて、それができなくなっているからです。

すると、ここは触っちゃダメとか、こうリライトするとこうなるというのがわかります。その上で分析結果をカルテのような専門のシートに記載し、それ以外にもコメントシートをA4で10枚くらいつける。これが初診です。

このシートを読んでもらって問題が解決するケースもあるんですが、そうじゃない場合、プロデューサーに会って面接をしたり、脚本家もいる打ち合わせに同席して一緒に考えたり、場合によっては僕自身リライターとして入ることもあります。そこは本当にケースバイケースなんですが。