賢者の仕事、賢者の健康

Vol.11最後の最後に大切なのは「諦めない」ということ
北村晴男氏 インタビュー(後編)

仕事の原動力は責任感と社会の理不尽ですね

− ただ、30から40件もの事件を同時に抱えながら、執念を燃やし続けるのは大変なことだと思うんです。その原動力ってどこから湧いてくるんでしょう? 北村先生はそろそろ楽したいとか思わないんでしょうか。

北村いや、思ってますよ、いつも。「もう60代だしな」って思ってます。でも、責任がありますから。事務所を経営していることへの責任、若い弁護士を育てなきゃいけないという責任、クライアントが自分を頼ってくれているということへの責任。となると、そう簡単には放り出せないですね。

あと、若い頃に自分が味わった理不尽なことが、ひとつ大きな原動力になってるとは思います。

− 理不尽な出来事というのは?

北村くだらない話ですけどね。中学の頃、野球部入ったんですよね。で、毎日野球やってたんですけど、2年生の始業式の日に校長が、「7月の夏の大会が終わったら野球部は廃止する」と言ったんです。これはまあ自分にとってとにかく理不尽な出来事、一大事でした。

卒業後に担任に聞いてわかったんですけど、ほんとふざけた話なんですよ、これが。野球部に運動神経のいい子たちが集まるので、ほかのスポーツ部の顧問たちが、「野球部がなくなればこっちが強くなるよね」と考えましたと。で、野球部の顧問がいた時はできなかったんですが、その人が転勤になった瞬間に廃部を決めたわけです。

第三者から見れば「なんじゃそれ?」って話ですよ。でも僕にとっては大変大きな出来事で、その日から2年間、「その学校の教師、校長、教頭は人にものを教える資格がない。そんな理不尽なことを生徒に押し付ける人間は直ちに辞めるべきだ」ということを毎日思ってました。担任の教師に提出する生活ノートにも毎日書いてたんです(笑)。

− まさに執念ですね。

北村いや、これは頭の悪い中学生の執念です。それをやっても何も変わらないですから。教師側から見れば痛くもかゆくもないですよ。無視すればいいだけなので。で、今考えたら裁判起こせばよかったと思うんですよね。

そしたらどうなったか? というと、新聞記事になるじゃないですか。司法担当の記者の人が「あれ? 中学生が学校訴えてるぞ」みたいになって(笑)、私に話聞きに来ますよね。そしたら「なんでこんなことになったの?」って話になり、外圧によって、野球部を復活させざるをえないですよ。教師たちは合理的な理由を説明できないわけですから。そういう戦略を立てられなかったオレって、「どんだけバカだったんだろう?」と思いますよね。

でも、そういう話って実は世の中どこにでもあることで、自分に権力があるからというので、やりたい放題やる人っていっぱいいるんですよ。それがあまりにもひどくなった時に、「これはもう許せん。村八分になっても構わないから訴訟を起こそう」と考える人も出てくる。

僕たちはそういう人たちをサポートして、事件を白日のもとにさらし、それは間違いだよということを伝えるのが仕事です。そうやっていかないと社会は良くならないですよね?

若手であれベテランであれ法律家として対等です

− クライアントへの責任を果たすことが社会を良くすることにつながるということですね。先ほど若手育成や事務所経営への責任ということもおっしゃっていましたが、先生流の経営論や指導論などあれば教えていただきたいのですが。

北村経営論とまで言えそうなものはないんですけどね。楽観主義というのか古典的というのか、ひとつひとつの事件に一生懸命取り組んでいれば、事務所の評判が良くなって経営もちゃんといくだろうと。それだけでいいのか今後のことは良くわかりませんが、今までは一応それでやってきました。

ただ、ひとつだけその観点で私が真剣に思ってきたのは、優秀な人材が残るような経営をしたいということ。最初からそこはすごく考えてましたね。

僕、そうじゃない事務所を見てきましたから。自分がイソ弁(居候弁護士)の時にね、ボスが大変個性的な方で人がどんどん辞めてしまうので、経験の長いボスと経験のない2〜3人のイソ弁しか残らない事務所になっていたんです。そういうやり方のほうがいいと考える人はそれでいいんですけど、僕はそれは違うなと思っていたので。

− 人が育たないですね。

北村そういうことです。そのボスに健康面でのアクシデントなどがあると事務所が傾いてしまう。そしたらクライアントも安心して頼めないですから。

とはいえ、私がやったことは「働きやすい環境を作る」ということと「自分にできる最大限の待遇をする」のふたつだけですよ。で、優秀な人材にはパートナーになってもらって、経営の責任も持ってもらおうと。今3人のパートナー制にしてやってますけど、私以上に経営のことを考えてくれてます。私はどっちかというと大雑把なタイプで、コストカットや業務効率などを考えることがあまり得意ではないですから。

− 若手にはどのように接してらっしゃいますか。

北村若手であれベテランであれ法律家としては対等だと思ってます。だから私のいうこと聞かなくていいんです。もちろん「真面目に仕事してください」みたいな意見については聞かなきゃダメですよ。でも、この法律を適用すべきだとか、相手のほうが正しいかも知れないとか、そもそもこの事件は引き受けるべきじゃないとか、そこは徹底的に議論しますよね。

私も意見は言いますが、自分の考え方を押しつけることはないです。弁護士という仕事は、そういう意味で上司のいうことを聞く必要がない。尊敬できない人間のくだらない意見に従わなくていい。世間のタブーや風向きにもとらわれることなく、自分の考える正論をいうことができる。その点においては理不尽な思いをしませんよね。

− 北村先生は思ったことをズバッとおっしゃってる印象があります。本音をいうのは健康にいいのでは?

北村間違いなくいいです(笑)。弁護士になってよかったなと思いますよ。大変なストレスを抱えて健康に悪い仕事に思えますけど、ケースによってはクライアントともケンカできる。実際そういうこともあって経営的に苦労した時期もありますが、自分を曲げなくていいという意味では最高の仕事です。

編集者/東北芸術工科大学客員教授 河尻 亨一

PROFILE

編集者/東北芸術工科大学客員教授河尻 亨一
雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する様々な特集を手がけ、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。
現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.12.15