賢者の仕事、賢者の健康

Vol.10私の書くものって、本当にラブストーリーなんですかね?
北川悦吏子氏 インタビュー(前編)

実をいうと私、気が強いわりにメンタルが弱くて

− 脚本に限らず、ものを書く仕事というのはその世界に没入しないとできないところがあると思います。1作ごとに相当エネルギーを消耗しそうというか。

北川頭と気持ちを使う仕事ですからね。もちろん体調管理も気をつけてるんですけど、精神状態の管理も大変で。色んなことに気持ちが引っ張られないように、作品に集中できるように、意識的に自分をもっていく必要があります。

なので、なかなか「規則正しい」生活はできてませんね。疲れてパタッと寝てまたムクっと起きて書いてるかと思うと、今度は全然眠れなくなったり。心配事があるというより興奮して眠れなくなってしまうんです。すると次の日がグタグタになっちゃう。そこをうまくやられてる方もたくさんいらっしゃると思うんですけど、それも私には難しくて。「禅寺に行ってみたら?」なんて言われたりするんですけどね(笑)。

でも、ずっとそういうスタイルでやってきましたから、仕事の上で心がけていることとしては、「そうなっても自分を責めないようにしよう」ということ。「次の日からちゃんとすればいいよね」って前向きに考えるようにしています。

実をいうと私、気が強いわりにメンタルが弱くて(笑)。すぐダメージを受けたり、気持ちのアップダウンがあって、昔は「そこを直したい」「どうすればいつも平常心で居られるだろう?」なんて思ってたんですけど、今は、そういう自分も受け入れるしかないのかな? と思ってます。自分に優しく、をモットーに。

− 「グラグラ」とか「気持ちのアップダウン」というのは、創作の仕事ではむしろ大事なこととも思えます。予定調和な世界だと、見てる人が退屈しちゃいますから。それにしても、それをずっとご自身の中に持ち続けてるのはすごいことだなと。シンプルな質問なんですけど、書くことがなくなったりはしないんでしょうか?

北川強く思うことがあるんでしょうね、自分の中に。それを伝えたいのかどうかはわからないけれど、その自分の世界みたいなものを描きたいんだと思います。そういうものがなくなったら、「もう書かなくていいかな?」とずっと前から思ってるくらいで。ただ、いいことなのか悪いことなのか、書きたいことがなくならない(笑)。

不思議ですよね。これだけ同じことを繰り返していてなぜ飽きないのか? お仕事ってなんでもそうだと思いますけど、ルーティンワークになっているような気がしていても、その中に必ず新しい気づきや出会いがあると思うんです。ずっと一緒ってことはありえない。だから続くんでしょうね。同じ人と何年も一緒に暮らしてても、たまに「はっ!」と思うことがあったりするのに似ていて。

私の場合、脚本を書いていると、物語にひっぱられて、自分でも驚くようなセリフや考えが出てくるんです。そういうことが楽しくて続けてるんだと思います。

恋ではなく人が支え合う“おとぎ話”を描きたい

− ルーティンワークの中から新しい何かに気づける感覚が大事なのかもしれませんね。

北川そのためには、まず「はっ!」としたいと思ってるかどうかが大事で、貪欲さが必要ですよね。いつも、なにか発見したい、と思ってる。何かを「したい!」っていう気持ちがないと、どんなことも続かないんじゃないでしょうか。

− ところで、さっきおっしゃった「強く思うこと」の正体って何なんでしょう? 北川さんと言えば世間から「ラブストーリーの神様」と呼ばれたりしているわけですが、「運命に、似た恋」を見たり、今日もお話をうかがってると「恋愛そのもの」が書きたいわけじゃないのかな? と思えてきまして。

北川それはずっと思ってることで、私の書くものって、本当にラブストーリーなんですかね?(笑)。みなさんそうおっしゃるけど、自分では一般的な恋の形とはずいぶん違うんじゃないかと思ってるんです。デビューした頃、「あすなろ白書」かなんかの時にもう結婚してましたから、そもそもリアルな恋愛への関心をすでに失っていて。

− そのお話は興味深い。「恋愛」でなければ何なんでしょうか?

北川言葉にするのが難しいんですけど、「人と人のつながり」というか、自分の片割れとしての「同志の関係」みたいなものを書きたいんだと思うんです。お互いに向き合って「好きだよ」っていうのではなく、一緒に並んで「頑張ろうね」って言い合える仲間というか親友というか。で、「その二人がたまたま男女だった」っていう話を書いている気がして仕方ない。でも、それってたぶん恋とは違う気がします。恋ってもっと激情に動かされそうなものじゃないですか。

「運命に、似た恋」でも、全部見ていただくとわかるんですけど、恋というものの波が過ぎたあとでちゃんと相手の輪郭が見えた時に、「それでも一緒にいたい」というか、「この人と関わっていたいな」と思えてくる何か、それを描きたいんです。むしろ「恋ってそんなに大事?」と思ってるというか、好きになってつきあって、気持ちが醒めて、やがて別れるという、恋愛ってその繰り返しだと、基本思うんだけど、それに、真実はあるのか? という気もしていて。ま、「ロンバケ」の頃から、全く、考えてることは変わってないわけですが・・・(笑)。

− たまたまルームシェアすることになった男女の物語でした。お互いに関心がないシチュエーションからストーリーが始まるという。

北川人間って年齢にかかわらず、むしろ歳を重ねるほど一人が寂しくなってくると思うんですけど、そういう時にいてくれる誰か、支え合える人がいたらこんな素敵なことはないっていうことを書いているだけですね。その意味では異性じゃなくてもいいんですよ。同性同士のおしゃべりでもいいんです。異性であれ同性であれ、まず人と関わることに貪欲でありたいというか、その思いがすごく強いんでしょう。もちろん、恋愛には恋愛の真実があって、それを書ける方もいらっしゃると思うんですけど、私という人はそうじゃない気がします。

結局、私が書いているのは、ある種の“おとぎ話”なんだと思います。「いい女」「いい男」だねってことではなく、人同士として尊重しあって、信頼しあって、一人では行けないところまでたどり着けたら、こんなに素晴らしいことはないし、それが人間の本質なんじゃないかと。どこかにそういうことを信じてくれる人がいたらいいなと思い続けているんです。

− そういう話だと書くことが尽きるなんてことがないのかもしれませんね。

北川精神的なつながりを描こうと思うと、言葉って無限にありますからね。そういう意味では、私、恋愛って広がっていかない気がします。つまり10個の恋があったとしたら、それは全部似てるんじゃないかと。恋愛じゃないつながりのほうが逆に多様性があるし、言葉だけで描けますから。

撮影場所
GODDESS
www.goddess.tokyo

>>後編に続く

編集者/東北芸術工科大学客員教授 河尻 亨一

PROFILE

編集者/東北芸術工科大学客員教授河尻 亨一
雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する様々な特集を手がけ、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。
現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.11.01