賢者の仕事、賢者の健康

Vol.14仕事を成功させる日本の"パスワーク"
苅部俊二氏 インタビュー(前編)

引き継ぎを緻密にやることで組織のパフォーマンスは高まる

− 「上からのパス」がグローバルスタンダードである中、「下からのパス」をあえて採用しているのはなぜですか。

苅部アンダーハンドの大きなメリットとして、もらう側が「走りやすい」「加速しやすい」ということがあります。オーバーハンドの場合、手を高く上げ、それを固定することで動きが制約されるんです。その状態では加速がしづらいんですよ。

失敗するリスクもどちらかと言うとオーバーハンドのほうが高いんですね。ただ、こちらのメリットとして、手を高く上げることで渡す側も受け取る側もより遠くに手を出すことができます。「利得距離」と言うのですが、そうすると1回のバトンパスにつき約1m90cm〜2mくらい稼げるわけです。一方、アンダーハンドは80〜90cmの利得距離しか生まれない。それが3カ所ありますから、計3mくらいの差が出てきます。

− 勝敗が0コンマ何秒で決まる世界ですから、その約3mの差が大きいということですね。となると日本チームは、「利得距離」より「スムースな加速」を重視する戦略を取っているということだと思うのですが、そうやって世界で勝てる"チーム"はどうやって育てるんでしょう? 日本の企業や組織のヒントがそこに含まれてる気もしまして。

苅部私自身、企業のマネジメントになぞらえて考えることが多いのですが、自分の仕事だけでなく、引き継ぐ作業まで緻密にやることで組織のパフォーマンスを高める。これは日本らしい発想と手法かもしれませんね。

「引き継ぎの技術をいかに高めるか?」ということでお話をすると、当たり前のことですが、まず大切なのは練習です。例えば去年のチームの場合、2月の合宿で3日間を費やして、みっちりバトン練習をやりました。その段階ではまだ誰が代表選手になるかわかりませんから、様々な組み合わせとパターンを一度経験しておくんです。

ただ練習しっぱなしではダメですから、緻密にデータを取りますし、フィードバックも必ず行います。夜はミーティングをしてデータを検証しながら、「ここがいい」「ここはもっと改善できる」といった分析を選手と我々とでやってます。

各区間のタイムはもちろん、個々の選手のスピードの低減率、走り出しやパスの際に声をかけるタイミング、手の出し方から角度、指の方向、バトンを両方が握ってる時間がどれくらいあるか?など、かなり細かいところまで見ていくんです。データ分析の専門家にも入っていただいて、選手に即時フィードバックできる体制を組んでいます。ここまで緻密にやってる国はおそらくないと思いますね。

しかし、我々の仕事はあくまで「つなぎ」をいかに成功させるか? ですから、その選手個人の走りやトレーニングといった技術的なことに関してはあまり口出ししないんです。

「つなぎ」でクリエイトするのがリレーの面白さです

− そこも重要かもしれませんね。職場などでも、個人のスキルや仕事ぶりについて上司はつい口を挟みたくなるものですが、でも実際には、仕事の失敗って連携ミスから起こるケースも多いわけで。

苅部よく浮世絵や伝統工芸に例えて説明するんですけど、絵師の仕事だけでは作品は完成せず、彫師や摺師といったほかの職人にバトンしていくことで作っていきますよね。トップの技術を持った人が自分の仕事をきっちりやって「後は任せたぞ」という部分が大切で。その意味でリレーや駅伝には、日本の伝統文化的なところもあって、「つなぎ」でクリエイトしていくところが面白さだと思うんです。

チームワークが重要とはいえ、リレーや駅伝は球技などともまた違い、全員で同時に何かを作っていくというタイプの競技ではないですから。

− なるほど。葛飾北斎がいくらすごい絵を描いても、彫る人がしくじると結局ダメってことで、そこがやっぱり"バトンパス"なんでしょうね。

苅部そのバトンの部分を担ってるという意味で、我々の仕事はやはりマネジメントに近いです。選手には自分がマネジメントされてる感覚はないと思いますけど(笑)。でも、彼らはそれぞれの仕事で持てる力を発揮してくれればそれでいいんです。だから、自分自身で考える力が大切で、そこに関しては我々が口出しをする必要がないわけです。

− チームの"マネージャー"としてふりかえると、去年のリオでの成功は何が決め手になったと思われますか。技術面以外でおうかがいすると。

苅部まず、選手たちと我々の考えてることが一致したことが大きいです。ゴール設定というかマインドセットというか、やろうと思っていることへの共感を互いに育めた。何を作ろうとしているか? どこを目指すのか? みんなが同じ方向を見ながら挑むことができたんです。