賢者の仕事、賢者の健康

Vol.7いろんなカタチに姿を変えていく。自分は「水みたいな人」だと思います
藤本隆宏氏 インタビュー(後編)

今回の賢者

PROFILE
俳優藤本隆宏

1970年生まれ、福岡県出身。元競泳選手、元劇団四季団員。1992年、バルセロナ五輪 競泳 400m個人メドレー8位入賞(日本人史上最高位)の成績を残す。オーストラリアに水泳留学中にミュージカルに感動し、舞台俳優を志す。1995年に劇団四季へ入団。1997年シェイクスピアの『ヴェニスの商人』で初舞台を飾る。その後テレビドラマへ進出。TBS『JIN-仁-完結編』、NHK大河ドラマ『平清盛』、NHK連続テレビ小説『花子とアン』へ出演。2016年にはNHK大河ドラマ『真田丸』の堀田作兵衛役に抜擢。元オリンピック選手で俳優という異色の経歴を持つ。
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各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事・賢者の健康」。ゲストは俳優の藤本隆宏さんです。2回のオリンピック出場経験を持つ藤本さんは、なぜ俳優の道を進もうと考えたのでしょう? 巷はまさに五輪シーズン。水泳やオリンピックへの思いもうかがってみました。
(聞き手:河尻亨一)

会場がひとつになれる。水泳も舞台もライブです。

前回は大河ドラマ「真田丸」や藤本さんの健康についてのお話をうかがいました。ここからはキャリアのことも少し聞いてみたいと思います。競泳選手としていくつも記録を残し、オリンピックも2度出場された方が(ソウル五輪とバルセロナ五輪)、ミュージカルの「レ・ミゼラブル」を見て感動したのがきっかけだったとはいえ、本気で役者になろうとしたのはどうしてですか? そうとうギャップの大きい“転職”だと思うのですが。

藤本(隆宏氏 ※以下、藤本)どうなんですかね? 色んなところでお話をしているうちに、自分でも「何が本当なのか?」最近わからなくなってきてます(笑)。

1992年にバルセロナに出て、そのあと留学して次のアトランタを目指したわけですけど、当時自分の中で水泳に限界を感じていたというのはあります。あと、もともと音楽が大好きで。80年代のMTV世代なんですよ。息抜きをする時はライブに行ったりしてましたね。

で、冷静に考えてみるとやっぱり「ライブ感」が好きなんだと思うんです。オリンピックの会場でも音楽のステージでも、会場がひとつになりますよね? 泳ぎ終わったあとで拍手をいただけたり。

− 「競技」と「演技」は近いところもあるということですね。そしてアスリートは現役選手じゃなくなる時も来ますが、俳優は生涯現役です。

藤本そこまで明確に考えていたわけではないんですけど、「人生は一回だけだ」とは思いました。水泳だけじゃない自分にチャレンジしてみたくて。「水泳を続けていけないんじゃないか?」と感じた時に、逃げ道を探していたのかもしれません。それまで金メダルを目指すことだけが自分の人生だと思っていたのが、それ以外の道もあるんじゃないかと。

− 逃げ道を探して、劇団四季のオーディションを受けない気もするのですが(笑)。

藤本なんでなんですかね? ようはやってみたかったんです(笑)。新聞で関西オーディションというのがあると知って受けに行きました。

− 劇団四季に入って以降、苦労もされたのでは?

藤本最初は苦しかったですね。ストーリーに関わっていける役をもらえるようになるまでに、10年くらいかかりましたから。

でも、少しずつ階段を上がって行くことができているという実感はありました。最初はまったくセリフのない役から始まり、ひと言もらい、次に一小節歌をもらって、また戻るみたいな(笑)。その繰り返しの中で少しずつ、上がっていけてる感覚があって。

水泳をやる中で、いいことも悪いこともたくさん経験してますからね。「今は悪いけどまたいいことだってあるはずだ」というふうに思えるようにはなっていました。