賢者の仕事、賢者の健康

Vol.12自分にエネルギーを向け始めてから人生バラ色に変わりましたね
陳建一氏 インタビュー(後編)

今回の賢者

PROFILE
料理人陳建一

1956年1月5日、東京都生まれ。初めて日本に四川料理を広めた、故陳 建民(四川料理の神様と呼ばれていた)の長男。
東京中華学校、玉川大学文学部英米文学科卒業後、父親の経営する赤坂四川飯店にて修行を開始。1990年、父の後を継ぎ赤坂四川飯店の社長に就任。 ―テレビ出演及び雑誌、料理学校の講師など幅広く活躍している。 現在グループのオーナーシェフとして四川料理の普及や後進の育成に努める一方、講演やイベント、テレビの料理番組などで今も活躍している。

各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事、賢者の健康」。陳建一さんのお話後編です。ゴルフ仲間や親子の絆、会社経営と人材育成、若き日の挫折などについてエネルギッシュに語り続ける陳さん。"仕事の鉄人”が考える炎のプロフェッショナリズムとは?
(聞き手:河尻亨一)

一緒に飯食って、一緒に遊んで仕事しなきゃダメですよ

− 先ほどもおっしゃってましたが(前編)、「楽しくカッコよく仕事をする」「お客さんの気持ちになって作る」「弟子を褒めて育てる」ーーそういったことを続けられるのがプロであり、そういったプロの仕事があるからこそ、お店も長く繁盛し続けるのでは? と思ったんですが。

陳(建一氏 ※以下、陳)僕はそうだと思う。なんで僕たちが50年も続けて来られたかと言えば、何人かのお客さんが「美味しかった! また来ます」って笑顔で帰ってくれるからなんですよね。そのひと言で、僕たちの仕事って「あー、やっててよかった!」ってなるわけ。パーフェクトじゃないけどね。例えばの話「なんだこのお店?」って思う方もいらっしゃるわけですよ。でも、そこは無理なんですよ。あと持続しようと思うと、やっぱ「楽しい」って思ってやらないと。

− お店がそうなるように、陳さんの目が細やかに光ってるのかもしれませんね。

細やかって言うか、僕が調理場に入るとみんな猫かぶるから(笑)。僕の性格知ってるんだよ。

− それもわかってるんですね。

わかってますよ! 僕が入る前までは、(トントンとゆっくり食材を刻む動作)これくらいの感じだったのが、僕が入るとこんな感じになってさ(スピードアップ)。で、「おはようございます!」みたいな。でも、僕はそれでもいいと思ってるわけ。だってしようがないじゃん。全員が僕自身じゃないんだから。あのね、これだけ弟子がいるでしょ? そしたら頭の回転早い弟子もいるの。でも、どうやってもね、トロい子もいるんですよ。もう大変!

だからやっぱり一緒に飯食って、一緒に遊んで仕事やらなかったら無理ですよ。仕事だけじゃ絶対無理だ。一緒に遊ばなきゃダメなんですよ。

− 陳さんはお弟子さんと一緒に遊んだりもするんですね?

うん、僕が育てた各料理長とは全員遊んでますね。

− やっぱりゴルフなんでしょうか?

ゴルフだけじゃなくて、地方も行くわけじゃないですか。そしたら仕事終わって飲みに行きますよね。まあ僕はお酒飲むわけじゃないけど。でも、そうやって遊びを通じて性格がわかる、ということもすごく大事ですよね。

もう色んなところに仕事で行くわけですよ。その時に色んな困難にぶち当たって、一緒にそれを乗り越えていく。そこから絆みたいなものがどんどん深まっていく。そういう経験もしないと。

例えばアメリカのフィラデルフィア行った時にね、「お客さんは100人」っていう約束で行ったんですよ。ところが行ったら250人になってた。もうビックリですよ。「おい、ちょっと待てよ。増えた150人はどっから来たんだ? 材料持ってねえよ!」ってね? 大変だったんですよ。最後にはチャイナタウン行ってちゃんとやりましたけどね。