賢者の仕事、賢者の健康

Vol.8毎日一生懸命なんですよ、私。不器用さをエネルギーに変えようと。
有森裕子氏 インタビュー(後編)

アート・ミュージック・スポーツは全部つながってます

− とにかくゴールが大事だということですね。健康やマラソンのお話をうかがいしつつ、色んなところへと走っていく展開になってきましたが、ところで有森さんは趣味などあるんでしょうか。仕事一筋なイメージもあるのでおうかがいしてみたいのですが。

有森ありますよ。えっと、片付けと…(笑)。私、何もすることがなければ、基本的に家でじっとしていていい人なので、整理整頓や掃除は好きですね。で、ふと思い立ったら喫茶店に行きます。コーヒーが好きなので。カフェではなく喫茶店です(笑)。別にお洒落じゃなくても良くて、味があればいいんです。

あと、職人のものづくりが好きですから、そういう展示を見に行ったり。父がものづくりやアートが好きな人だったこともあり、何かが生まれる瞬間が見られたり、感じられたりするものに関心があるんです。そうですね。まずもってやらないのは、知り合いがいて頑張るんだっていうことでもない限り、スポーツの現場には行きません(笑)。疲れちゃいますから。もちろんスポーツ、嫌いじゃないですけど、これは仕事なんでね。休日に頭を休めたい時はいいです(笑)。

− ものづくりがお好きというのは、意外なようでわかる気もしたのですが、アスリートの方もデザインやアート的な感覚って必要なんでしょうか。

有森もちろんです。アート・ミュージック・スポーツは全部つながってます。3つとも人間の感情を豊かに育むものですよね。人間が一番人間らしく生きていけるように促してくれる情操教育で、その3つの感性をつなぐことがとっても大事です。

日本の学校だと、体育・音楽・美術といった分け方になっていて、美術や音楽系の人は運動音痴みたいなイメージもあるんですけど、全然違いますから。音楽にはリズムがありますよね? つまり音には動きがあるんです。動きだけじゃなく色もあるはず。スポーツも動いているだけじゃなく、ちゃんとリズムがあるんです。喜びや悲しみを描く色もあります。だから音楽やアートの要素はスポーツになくてはならないもので、試合の時でも、自分の中に広がるイメージがあり、自分の走りの絵が描けるようにならないとダメですね。

応援は「される人」「する人」の両方に元気をくれる

− 言われてみれば、運動音痴という言葉にも「音」が入っています。「音・美・体」のバランス感覚はアスリートの実力にもつながるものですか?

有森結びつきますね。つまり運動音痴の人は、スポーツのリズムを感じられなくて、さっき言ったイメージが描けない状態なんです。これはスポーツだけじゃなく、仕事全般に当てはまりそうなことで、まずイメージできないと、ものって作れませんよね? そういう人は仕事をしていてもすごく大変だと思う。音が途切れてしまっているというか、「ド」と言われればドの音しか浮かばなくて、リズムやメロディに発展していかないわけですから。

料理でも同じだと思うんですよ。人参を切りながら大根のことを思い浮かべて、「そろそろお湯を沸かそう」とか、「味噌を入れなきゃ」なんて風景を思い描いてますよね。なので子供の時にお手伝いをすることが大事なんです。ある作業からゴールを想像する訓練をせず、パーツパーツがバラバラのものとして、あらかじめ準備した状態で与えられてしまい、例えば人参を切ることだけ得意になっても、美味しい料理はできないわけですから。

何事もうまくやるためにはイメージ力や発想力が必要です。それで絵にせよなんにせよ、子供の頃にひと通りの流れを体験して、そのあとで本物を見ておくことが大事なんです。大人になるともう難しいですからね。素直じゃないので(笑)。

− 確かに。良いものがすっと染み込んでいかない自覚はあります。

有森でも、大人も子供から学べることはあるんですよ。忘れてしまっていることがいっぱいありますから。例えば「応援」。応援されたらうれしいでしょう? 大人になると応援されることが少なくなってしまうんですけど、応援される人間はものすごいエネルギーを生めるんです。

実は社員運動会などはそのためのとてもいい機会ですね。「オレ応援されてるよ!」って思うだけで鳥肌立ちますから。「自分がここにいるんだ」っていう存在意義をわかりやすく感じることができる。それでマラソンを始める人も増えてるんだと思います。マラソンを好きになっていくパターンがあるとしたら、走ると応援してもらえるから。走ることはキツいですけど、応援されると元気が出る。その気持ちよさを味わえるんです。

逆に応援した人も相手が元気になった瞬間に、「その人を元気にできた!」という自分の存在意義を感じます。それがスポーツの魅力ですね。競技をする人と見守る人がお互いにエネルギーを生み合うことができる。