賢者の仕事、賢者の健康

Vol.8無理なく、楽しく、気持ち良く。有森流トレーニングのすすめ
有森裕子氏 インタビュー(前編)

工夫次第でいくらでもオリジナルのトレーニングができる

− 確かに、まず楽しめないと続かないですね。「走らなきゃ!」という思いはプレッシャーにもなりかねません。

有森そういう方にオススメなのは、紙の地図を使うこと。まずいつもなら電車やタクシーで行っている道にラインを引くんです。次に自分が歩いた道にもラインを引いて、「もうちょっと近道ないかな?」「今度はこう行ったらどうだろう?」なんて考えながら、また行ってみる。私もやっていますけど、それは楽しいですよ。自分の動きを紙の上で確認できますから。

ネットの地図もいいんですけど、動きの跡が残らないし、行った場所を比べられないのが難点ですね。アナログがいいのは一覧できて比べられるところ。それを見ていると、「こっちのほうが近道かな?」って別のルートを探そうという気持ちになります。これが結構やみつきになるんです(笑)。

私も行きつけの喫茶店まで歩いて行くのですが、もうちょっと早く行きたいなーって思う時には、途中で走ることもあります。あんまり走ると汗をかいてしまいますから、基本的にはウォーキングですけどね。

そう考えると、運動が出来る場所なんてそこらじゅうにあります。その人の工夫次第で、いくらでもオリジナルのトレーニングができるんですよ。階段なんて最たるいい運動の場所じゃないですか? 上り下りで膝まわり、腰まわりがかなり鍛えられます。エスカレーターに乗る回数を減らすだけでも変わってきますから。皆さんだまされたと思って、やってみるといいと思います。駅の階段は空いてますしね(笑)。

アスリートは究極の職人

− やはり意識とアイデア次第ということですね? あとはモチベーションをキープするための楽しさと。

有森そうだと思います。むしろ過剰にやることのほうが健康には良くなくて。例えば今の時期なら炎天下の中を走っている方もいらっしゃいますけど、そういうシーンを見るたび「大丈夫かな?」って思います。

健康のためにやるのなら、本来そんな時間帯に走っちゃダメなんです。からだへの負担が大きいですから。雨の日に無理して走る必要もありません。さっきおっしゃった連載も、私たちがやってきたマラソンという競技が、皆さんにそういった誤解を与えているとしたら良くないと思って始めたんですよ。走ることをもっと気持ち良く楽しんでいただきたくて。

競技者と愛好家が横に並んで一緒に参加できるのがマラソンという競技の素晴らしさです。でも、その一方で誤解も生じています。市民ランナーの方が「痛くても走らなきゃ」とか「倒れても行かなきゃ」っていうのは違うと思います。同じコースを並んで走ると気付きにくいですが、プロの競技者とそうじゃないランナーではやることの意味が全然違いますから。無理な走り方をして、からだを壊している方も多いと思うんです。

− そうなってしまうと、もったいないというか本末転倒にもなりかねませんね。今、競技者とアマチュアの違いというお話もありましたが、この辺りから徐々に仕事のお話も。アスリートの競技への向き合い方とはどういったものなんでしょう?

有森競技者はやっぱり結果を出さないとダメですから。結果を出すためには自分の限界なんか作ってる場合じゃないんです。

例えば痛みについても、それが怪我や故障からくる本当の痛みなのか、メンタルから来る気持ちの痛みなのか? あとひと押しができるのか? そういったことを入念に見極めながらトレーニングしていく必要があります。もちろん自分だけでは判断がつかないので、トレーナーやコーチ、監督とやりとりしながら決めていくわけですが、そうやって綿密な調整を重ねて上を目指していくという意味では、まあ、究極の職人なんですよね。

>>後編に続く

編集者/東北芸術工科大学客員教授 河尻 亨一

PROFILE

編集者/東北芸術工科大学客員教授河尻 亨一
雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する様々な特集を手がけ、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。
現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。
  • カメラマン 瀬谷壮士
  • 更新日 2016.09.01