SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)とは?自分を守るための性と生殖の権利について

2026年03月10日
「自分のからだのことは自分で考えて、決める」。そう聞いたとき、あなたはどんなことを思い浮かべますか?
からだの健康の維持やジェンダー、恋愛やパートナーとの関係構築、さらには“産む・産まない”の選択など――。自分のからだのあり方について考えて、選ぶことは、“どう自分らしく生きていくか”を決めることにもつながっています。
今回のテーマ「性と生殖に関する健康と権利(以下、SRHR「Sexual and Reproductive Health and Rights」の略)」は、自分らしく生きるための選択を支える考え方。女性だけではなく男性も、世代を超えてどなたにも理解を深めていきたいテーマです。
お話を聞いたのは、産婦人科有志がSRHRの啓発や実現のために立ち上げたプロジェクト「みんリプ!みんなで知ろうSRHR」の共同代表である、稲葉可奈子先生。SRHRとは何か、なぜいま日本で必要とされているのか、そして私たちが日々の生活でできることなどを教えていただきます。
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そもそも、SRHRって?
――今回のテーマであるSRHRとは、そもそもどういった権利で、私たちの生活や人生にどう関わっているのでしょうか。
稲葉:簡単にいうと、SRHRは自分のからだ、特に「性」や「生殖」に関するあらゆることについて、十分な情報を得られ、自分が望む未来を自分の意思で選択できる権利です。
たとえば、充実した性生活や月経前症候群(PMS)などの治療、自分の性のあり方、子どもを望むか望まないか――これらについて、自分自身で決められることが含まれます。
私はよくSRHRについて伝えるときに、「からだの自己決定権は、一人ひとりにある」と話します。この権利(Rights)を意識することは、私たちが心もからだも健やかに、自分らしく充実した人生を送るうえで欠かせないものなのです。そのため、性別に関係なく認識しておくべき概念といえます

稲葉:より詳細にお話しすると、SRHRとは、「Sexual and Reproductive Health and Rights」の略で、国際的にも基本的人権の一つとして認識されている重要な概念です。
この概念は、以下4つの言葉の組み合わせで成り立っています。
からだの自己決定権を失わないためにSRHRが必要
――SRHRが世界で推進されている背景(※)には、どのような課題があるのでしょうか。
稲葉:わかりやすい例でいうと、アフリカなどの発展途上の国々では、女の子は学校へ行けない、児童婚を強いられる、結婚して子どもを産むというライフプランが自分の意思で決められない、医療にアクセスできない……というふうに、からだの自己決定権が侵害されている状況も未だに残っています。
※1960年代後半、発展途上国を中心に世界的に人口が増加し、国連をはじめとする国際社会は、人口増加を抑える強力な政策を進行。一方で、「必要なのは人口のコントロールではなく、子どもを産む女性のキャリアや教育の機会を提供することだ」という考えも生まれ、1994年にカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD)で初めて、個人の生殖に関する自己決定権が人権として正式に位置づけられた。その後、2015年には持続可能な開発目標(SDGs)で明記され、国際的にSRHRの概念が広がった。
日本に住んでいると、そこまで強い制約を受けていると感じる人は、それほど多くないかもしれません。しかし政治や宗教、慣習などによってこの権利が揺らぐことがあります。
──具体的に、どういったことで権利が揺らいでしまうのでしょうか。
稲葉:たとえばアメリカでは、2022年6月以降、中絶の可否は各州の判断に委ねられることになりました。子どもを望んでいないにもかかわらず、中絶できないということになると、女性の人権が制限されている状態だといえると考えます。
このように、世の中を取り巻く状況が変わることで、私たちが当たり前だと思っている権利は侵害されうるものです。その権利を失わないためにも、SRHRの推進が重要だといえます。
――国際NGO機関、プラン・インターナショナルが2025年に行った調査(※1)によると、日本でSRHRを認知している人は全体の25%、理解している人はわずか9%にとどまっています。なぜ、浸透が進んでいないのでしょうか?
稲葉:最大の理由は、SRHRを学ぶ機会が少ないことです。
最近では保育園や幼稚園でプライベートゾーン(※2)について教える性教育が行われたり、中高生が生理のコントロールや避妊のために産婦人科を受診できる環境が整いつつあったりなど、性教育や性にまつわる知識の普及は少しずつ前進しています。
けれども上の世代になるほど、そうした選択肢があること自体を知らない人もまだ多く、社会全体にSRHRの意識が広がるまでには至っていません。
※1:SRHR white paper 2025『SRHR/性と生殖に関する健康と権利に関する意識調査』※2:水着や下着で隠れる胸やお尻、口などを含めた、自分にとって大切な場所のこと
また、SRHRを社会に根づかせるためには、その前提として「包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education)」を実施することが欠かせません。包括的性教育とは、生殖のしくみや避妊、感染症の予防にとどまらず、人権や性の多様性、ジェンダー平等、性的同意、対人関係など、より広いテーマを扱う教育のことです。
SRHRは包括的性教育のなかで自然に学ばれるべきもの。ですがそもそも日本では性教育が十分に実施されていないため、SRHRの浸透を妨げる一因になっているのです。

避妊や性的同意……。知っておくべき重要な考えとは?
―SRHRには、「ジェンダー」「避妊」「性的同意」「セクシュアリティ」など、多くのテーマが含まれています。日本で特に遅れていると感じるトピックはありますか?
稲葉:避妊に関する知識が特に遅れていると感じます。日本ではいまだに「避妊=コンドーム」という考え方が一般的で、それどころか「コンドームをつけなくても膣外射精をすれば避妊できる」と思っている人もなかにはいます。
コンドームは性感染症予防の面では非常に重要ですが、避妊効果だけを見れば必ずしも高くはありません。避妊そのものを目的とするなら、男性側での避妊だけでなく、低用量ピルやIUD(子宮内避妊具)など女性自身が選べる方法もあります。しかし、いまだに「女性が自分の身を守るために自分で避妊方法を選ぶ」という意識は十分に広がっていません。
──なぜ遅れが生じているのでしょうか。
稲葉:政治や企業の意思決定の場で女性が少なく、女性の視点や意見がきちんと反映されていないことが影響していると考えています。いまだ男性優位の社会構造が、性やからだに関する議論の遅れにもつながっているんです。女性が自分のからだのことを自由に話したり選択したりできる環境を整えることが、SRHRの実現には欠かせません。

――避妊や性行為とからだの権利にまつわるトピックとしては、「性的同意」も重要ですよね。
稲葉:そうですね。性的同意は「相手の意思を尊重する」という人間関係の基本に即した考え方です。
イギリスの警察が製作し、世界で1億5,000万回以上視聴された動画「Tea and Consent(訳:紅茶と同意)」では、紅茶を例に「同意とは何か」を非常にわかりやすく説明しています。紅茶を飲みたくない人に無理に飲ませない――それと同じで、相手の明確な意思を確認することが性的同意の原則です。
恋人や夫婦など、親しい関係でも「相手の同意を前提に行動する」という意識を持つことが、お互いの尊重につながります。もし「避妊してほしい」と伝えても相手に伝わらなかったり、真剣に向き合ってくれなかったりした場合、SRHRという概念を知っていれば「それはおかしい」と気づけるようになります。
また、性的同意で知っておいてほしいのは、「NO=相手が嫌い」というわけでもないということです。一方的な我慢や思い込みを防ぎ、対等な関係を築くためにも、性的同意の理解はとても重要です。
自分のからだのあり方を決めることが、自分の人生を選ぶことにつながる
――SRHRを知ることは、個人の人生にどのような良い影響をもたらすのでしょうか。
稲葉:SRHRの基本にあるのは、「からだの自己決定権」があることを知り、そのための手段を知ることです。これによって、自分が望む人生を実現しやすくなります。
特に女性の場合は、望まない妊娠によって教育やキャリアが制限されてしまうことがありますが、妊娠に関する選択も、自分自身が自由に決めていいのです。周囲の期待や社会のプレッシャーに流されず、自分なりのライフプランを描けるようになることが、SRHRを知る大きな意義です。
──SRHRの考え方は、生理や更年期といった日常の健康課題にも関わってきますよね。
稲葉:そうですね。日本では月経困難症やPMS、更年期症状や不妊治療など女性特有の健康課題に対する経済損失が年間3.4兆円(※)にのぼるといわれています。これは、女性たちが仕事における生産性だけでなく、プライベートの時間や自己実現の機会を失っているということでもあります。
自分の体調をコントロールできれば、そうした損失を減らすことができるはず。たとえば、生理痛で毎月学校や仕事を休んでしまう人も、症状を和らげる治療法やケアの選択肢を知ることで、自分自身の健康を守り、対処できるようになるでしょう。
※経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」より
SRHRを広げていくために、私たちができること
――改めてSRHRを知ることで、日々の選択へどのように生かすことができるでしょうか。
稲葉:SRHRには「自分と相手、どちらの意思も尊重する」という基本姿勢があります。たとえば、妊娠や出産に関する考え方が違うパートナー同士であれば、お互いの希望を率直に話し合い、折り合いをつける必要があります。どうしても希望が一致しない場合には、その関係をどう続けるかも含めて、自分の気持ちを大切に決断してほしいですね。

――SRHRを今後さらに浸透させていくために何ができるでしょうか?
稲葉:社会全体としては、学校の授業や企業の研修などで、包括的性教育やSRHRを学べる環境をつくることが重要だと思います。また、職場での妊娠・出産に対する偏見や、子どもを持つことによってキャリアを諦めざるを得ない環境も、SRHRの視点から見直すべき課題です。
個人としては、自分だけでなくほかの人も、一人ひとりに「からだの自己決定権」があるという意識を持ち、SRHRの考えに基づいて接していくことが大切です。お子さんがいる方であれば、日常的にSRHRを話題にして、意識づけをしていただきたいですし、自らも学ぶ姿勢を持っていただければと思います。
国際協力NGOジョイセフ(JOICFP)のサイトでは、SRHRの基礎知識がわかりやすく、ニュートラルに解説されているので、最初の一歩としておすすめですよ。
産婦人科医としての願いは、とにかく「後悔しない選択をしてほしい」ということ。そのためにも、SRHRや「からだの自己決定権」の考え方を社会全体に広げていくことが、自分らしい選択をして生きていくための後押しになるはずです。
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