【後編】予防医療・栄養コンサルタントの細川モモが解説。女性ホルモンの安定につながる食事の摂り方
2024年04月23日
4月は新生活シーズン。生活を見直すにはぴったりの季節です。「人は食べたものでできている」という言葉があるように、私たちの生活に欠かせない食事は特に意識したいポイントのひとつ。病気の予防だけでなく、女性特有の悩みを改善するためにも、日々の食事から摂る栄養は大切だと言われています。
前編に続き、予防医療・栄養コンサルタントの細川モモさんに「女性に必要な栄養素」をテーマにインタビューを実施。後編では生理やPMSと食事との関係性、女性のヘルスリテラシーの問題についてうかがいます。
良質な脂肪は生理痛軽減に効果あり?
―細川さんは女性の生理に関する研究も行なっています。多くの女性が抱える生理痛やPMSといったお悩みに、食事や栄養素はどのように関係してくるのでしょうか。
細川:生理痛の痛みの原因のひとつに、痛みを誘発する物質「プロスタグランジン」が関わることがわかっています。子宮の下のほうにある、子宮から腔につながる筒状の部分を子宮頸管といいますが、そこは経血の通り道でもあるんです。プロスタグランジンは、経血が子宮頸管をとおり、体外に押し出されるときに子宮に圧力がかかることで分泌されます。経血量が多い方はプロスタグランジンの分泌量も増えてしまうため、痛みも強い傾向にあります。
じつはプロスタグランジンには悪玉と善玉の2つがあり、生理痛などの痛みは悪玉プロスタグランジンによるもの。一方で、善玉プロスタグランジンはからだの異常や炎症を鎮める作用があるほか、血液の流れを改善し、血栓ができるのを防ぎ、生活習慣病の予防・改善にも役立ってくれます。では、悪玉プロスタグランジンを抑制するにはどうすればいいかというと、そこに食事が大きく関わってくるんですね。
―悪玉プロスタグランジンが生まれやすい食事や、逆にその働きを抑える栄養素があるのでしょうか。
細川:まず栄養素でいうと、ビタミンDには子宮内膜での悪玉プロスタグランジンの生成自体を抑制する効果があります。また、悪玉プロスタグランジンによって起こる炎症反応を抑える効果があるのはオメガ3系脂肪酸、特にDHA・EPAです。私たちが日本女性を対象に行なった研究では、これらの栄養素をきちんと摂っている人ほど、生理痛や頭痛・腹痛といったPMSによる不快症状が少ないという結果が出ています。(※1)
悪玉・善玉含めて、プロスタグランジンをつくるのは主に脂質です。悪玉プロスタグランジンは、ファストフードやカップラーメン、スナック菓子などに含まれるオメガ6系脂肪酸(アラキドン酸)が材料になります(※2)。さらに、痛みを悪化させる炎症の悪化には、トランス型脂肪酸と飽和脂肪酸の摂取が関連しています(※3)。そうしたものだけを食べるような偏った食生活を続けていると、当然ながら悪玉プロスタグランジンも量産されてしまい、痛みのもとになる炎症を強めてしまうんですね。一方で、魚の脂のような炎症を抑える良い脂質を摂ると痛み成分の分泌は抑制されていきます(※4)。前編でもお伝えしたとおり炎症を抑えるビタミンDやDHAは魚に含まれる栄養素ですので、やはり魚を食べることは女性にとって欠かせません。
※1 Naraoka Y, Hosokawa M, et al. Healthcare (Basel). 2023 Apr 30;11(9):1289.
※2 Anderson BJ. Paediatr Anaesth. 2008 Oct;18(10):915-21.
※3 Micha R, Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids. 2008 Sep-Nov;79(3-5):147-52.
※4 Calder PC. Biochem Soc Trans. 2017 Oct 15;45(5):1105-1115.
過度なダイエットは「将来の自分」にダメージ
―女性の健康と良質な栄養をしっかり摂ることは、切っても切り離せないんですね。
細川:はい。それに栄養をしっかり摂ることは、女性ホルモンの安定にもつながります。
女性ホルモンが円滑に分泌されるには、まず、体重・体脂肪率が正常な範囲内であることが条件です。たとえば女性アスリートの方は月経異常になりやすく、2014年の日本臨床スポーツ医学会誌では、オリンピックを目指すレベルだと約4割が月経異常といった結果が発表されています。(※5)スポーツに適したからだづくりのために体脂肪が減りすぎてしまったり、運動のし過ぎによって活性酸素が出すぎてしまったりして、女性ホルモンそのものの働きが鈍くなってしまうことが理由なのですが、それを食い止め、女性アスリートを守るための研究も進んでいます。
また、特に若い世代の女性が抱えているのが、過剰なダイエットによる痩せすぎの問題。女性は全年代での痩せの割合が上がってきていて、他国から見たら「なぜ美食の国で女性のBMI値がこんなに低いの?」と不思議がられています。
※5 野瀬ら、日本臨床スポーツ医学会誌、2014
―たしかに「痩せているほうが美しい」と考えている人も少なくないかもしれません。
細川:特に日本や韓国などのアジアではその傾向が強いですよね。高校生を対象にした調査では、72%の女子高生が「もっと痩せたい」と回答しています。日本人は自らの努力で痩せようとする意識が強く、痩せるために「食べるのを我慢する」という選択を取る人も多いです。
きれいになりたいと願うこと自体は決して悪くありませんが、過剰なダイエットによる体重・体脂肪の減少は月経異常などのからだの異常として表れます。若い世代の女性にはBMI値18.5未満が5人に1人いますが、これは栄養失調で生理が止まってしまうリスクがある数値なんです。日本では、栄養失調と痩せが原因で初めての生理(初経)が来ない子の割合がアメリカの3倍にものぼります。「痩せたい、太りたくない」という願望のもと、朝ご飯を抜いたり給食を残したりカロリーの低い食事ばかり摂っていたりすると、生殖機能が犠牲になってしまう。
でも、生殖機能はたとえホルモン注射を打ったとしても必ずリカバリーできるわけではありませんし、体重を元に戻してもすぐ生理が再開するといったらそうでもない。結果的に子宮の衰えや、子どもを妊娠・出産できない状態につながりかねません。
―SNSなどでいろんなダイエット情報を見かけますが、そうしたからだへの悪影響を知る機会は少ない気がします。
細川:日本の生活者は、ヘルスリテラシーと呼ばれる「自分の健康を自分でつくる力」が世界的に見ても低いという現状もあるんです。さらに、義務教育の質は世界トップレベルですけれども、ジェンダーギャップ指数が146か国のうち125位(2023年現在)という順位から見てわかるように、女性の健康教育は非常に遅れています。自分で健康を整えようにも知識・機会・情報がないし、正しい情報かどうかもわからない。そういった状態のなかで無理をしてしまい、最終的に疾患になってしまう、というケースが散在してきているのかなと思います。
―個人の問題ではなく、社会全体の問題とも言えるんですね。
細川:これからお母さんになる可能性のある女性が健康上の問題を抱えたままだと、生まれてくる子どもにも悪影響が及ぶことも。いま、日本の赤ちゃんはOECD加盟国のなかでも平均出生体重が最も小さいんですね。それは早産や妊娠高血圧症などが大きな原因ですが、お母さんが痩せすぎていて貧血状態にあることも一因だとされています。そして、赤ちゃんの出生体重が小さくなるほど、後遺症や発達障害をともなうリスクが高まります。
女性ひとりの健康を失うことは社会全体にとっても損失が大きく、結局は女性を大事にしないと別のかたちでフォローしなくてはならないんです。最近整ってきたとはいえ、日本の社会設計は、まだまだ女性が自分自身で生殖機能や未来を守っていかないといけないような状態です。難しい状況ですが、私としてはどうか皆さんにヘルスリテラシーを意識してもらいたいと思います。無理して頑張らなくていいので、学び、実践していただき自分自身と家族の健康を守っていってほしいです。
朝食のバナナにヨーグルトを足してみる。理想から入らずできることから
―ありがとうございます。健康を守るために私たち個人が工夫できることを、あらためて教えていただけますか。
細川:健康は、基本的に食事・睡眠・運動の3つが連鎖的に影響することで維持されます。食事をきちんと摂るためにはお腹が空かなくてはいけないし、お腹を空かせるためには活動量を上げないといけない、活動量を上げるためにはきちんと休んで疲れを取る必要がある。そうしてぐるぐる回っているものなんですね。
「週何回スポーツジムに行こう」「朝ご飯も一汁三菜で」といきなり理想から入る必要はありません。運動なら厚労省が勧めている1日60分以上、歩数なら8,000歩を目指して、それが難しいならちょっと息が上がるくらいのスピードで3,000歩歩いてみる。これも厳しい場合は、仕事中お手洗いに行く際に2階上や3階下のフロアまで階段で行くなど。もし余裕があれば、家でテレビを見ながらスクワットしてみるのもおすすめです。「運動する」んじゃなくて、「日々の活動量をただ上げる」だけでもいいんです。
―食事・睡眠はいかがですか?
細川:朝食は、例えばこれまでバナナ1本しか食べていなかったとしたら、そこにヨーグルトを添えてみるなど、「これならできる!」ということから始めましょう。
除脂肪体重から計算されるので人によって異なりますが、女性ホルモンを円滑に分泌するために必要とされる1日の摂取カロリー目標は大体1,800〜2,200kcalになります。3食で割るとだいたい1食600〜700kcalですね。これをクリアすることを考えつつ、できれば朝ご飯と昼ご飯にたくさん食べて、夜は軽めにするのがおすすめです。女性は男性と比べて消化器官が弱いので、夜たくさん食べたり脂っこい食事を摂ったりすると、次の日の朝胃もたれしやすくなってしまいますから。また、少食でそんなにたくさん食べられないという方もスムージーにアマニ油をスプーン1杯入れるといったカロリー摂取のための工夫はできます。
睡眠は6時間以上眠らないと次の日の朝に倦怠感が残りやすく、生活の質が下がることがわかっているので、最低でも6時間は睡眠時間を確保しましょう。カフェインも午後は抑えて、ノンカフェインに。いずれにせよ、理想を追求するのではなく、いまの生活をベースに改善し、それを続けていくことが何より大切です。
―最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
細川:人生を健康に生きていくためには、からだを整えることが大切です。何か新しいことを生活に取り入れる前に「そもそもからだに悪い食事をしていないかな?」という視点を持ってほしいです。からだに合わなかったり、質が悪かったりする食事を摂ると、痛み、痒みに影響する物質が体内でつくられてしまう場合もありますし、メンタル不調にもつながります。青年期から更年期、そして老後と、女性のからだにはその時々のステージによってたくさんの変化が訪れます。生理痛やPMSから解放されても、更年期障害などの別の悩みが出てくることもあるでしょう。そうしたものに苦しむ時間が減るように、まずは自分自身のヘルスリテラシーや現状を把握して、できることからチャレンジしてもらえたら嬉しいです。
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